第113話(最終話) 花火と嘘


 途中、コンビニで絆創膏を買い、彩香は自分で足の指のところに貼っていた。

 俺はその様子を、ただなんとなく見てただけだったんだけど、


「…遥くん…」

「へ?」

「そんなに見て…貼りたいの?」

「はい?」


 ごめん、その発想はマジでなかった。

 だからそんな、ちょっと期待してるふうな眼差しは困るよ


「どうしても…って言うなら…」

「あ、大丈夫」

「ちょ、ちょっと!」

「どう?歩けそう?」

「…まあ、なんとか」


 小声で「ちぇっ」とか言ってるの、聞こえてるよ?


「でも、無理そうならすぐ言って。おんぶくらいなら全然大丈夫だから」

「分かった」



 彼女と手を繋ぎ、ゆっくり坂道を上って行く。おんぶするのは緊張や恥ずかしさとか、あと正直嬉しい気持ちとか、まあそういうのはあったけど、こうして手を繋いでるのがやっぱり落ち着く


「どうしたの?」

「うん。やっぱりこうしてるのが落ち着く、っていうか、好きだなって思った」

「ふふ、そう?私も」


 でもやっぱり少し、足を庇って歩いてるのは間違いなさそうだった


「ねえ、俺に掴まってもいいよ。その方が多少は楽だろうし」

「うん、分かった」



 坂道を上り切ると広場、というか普通に公園だな。見渡すと、たぶん俺達と同じように花火を見に来たと思われる人も何人かいる


 空いてるベンチに腰を下ろし、河川敷の方を見てみると、たくさんの人で賑わってるのがここからでも分かる


「ここだとよく見えそうだね」

「うん。あそこまで混んでないし、時間的にもまだ少し余裕あるね」

「うん」


 座ってからも、変わらず俺の腕にしがみつき、嬉しそうに寄り添う彼女。

 最初の頃は、ただ二人でいるだけでも緊張し、体が少し触れるだけでドキドキして、手を繋いでは幸せな気持ちになり、抱き締め合った時には愛おしが溢れそうだった


「ふふ…」

「どうしたの?」

「ちょっと思い出してた」

「ん?」

「まさかこうして付き合うことになるなんて、初めは思ってなかったよ」

「あ、それを言うなら私もだよ」


 本当は、この花火大会の日に告白するつもりだった。でもあの日、彩香に背中を押してもらって今の俺達がある


「本当はさ、今日、花火を見ながら告白するつもりだったんだ」

「え?」

「うん。自分ではタイミングというか、空気読むというか、そういうのが難しかったから。それならもういつ言うか先に決めて、それに合わせて動こう、ってね」

「そうだったんだ…ごめんなさい…」

「ううん。謝らないで。あの時言えて、それで今の俺達があるんだし、彩香には感謝してるから」

「…ならいいんだけど」


 少し申し訳なさそうに俺のことを見て、唇を噛み締めている。安心させようと、繋いでいる手に力を込めると、俺の気持ちが伝わったのか、「えへへ」と眉尻を下げる彩香は、やっぱり誰よりも可愛い




 もう夜の8時となり、そろそろ花火が上がる時間となった。

 遠くで開始を告げるアナウンスが聞こえた後、目の前に最初の一発目の、大きな打ち上げ花火が上がる


「わぁ…」

「始まったね」


 手を繋いだまま、そこからしばらくはお互い何も話さず、ただ花火を見て楽しんでいた


「ねえ…」


 視線は夜空に広がる花火に向けられたまま、不意に声をかけられた


「うん?どうしたの?」

「本当は今日、告白してくれるつもりだったんだよね?」

「そ、そうだけど…」

「告白のセリフとか、決めてたの?」

「さすがにそこまでは考えてなかったかな」


 嘘だ。本当は決めてた。

 花火を見ながら「あの花火より綺麗だよ」なんて歯の浮くようなセリフは無理だけど、それでも「来年も一緒に見ようね」って。そして、「好きだよ」って


「嘘…」

「え?」

「遥くん?分かるんだからね?」

「な、なんで…」

「そりゃあ、ずっと遥くんのこと見てきたんだもん、分かるよ」


 悪戯っぽく左の頬をつんつんされ、彼女の方に向くとニコニコ顔で楽しそう


(本当に可愛いな…)


「う…」

「ねえ、それで?」

「それで…って…?」

「今…言って欲しいな……」

「マジですか…」

「マジです」

「………」

「………」

「…分かった」

「うん!」


 そんな期待に満ちた目で見られたら、嫌だなんて言えないし、照れるけど…それで彩香が喜んでくれるのなら…


「…一緒に花火見に来れて、嬉しかった」

「う、うん…」

「また、来年も一緒に見に行きたい」

「………」

「だから…」

「だから…?」

「…好きです。来年も一緒にいたいし、ずっと隣にいてほしい…です…」


 ああ、これは恥ずかしいぞ。冷静に考えるとずっと隣に、ってちょっと重くないか?

 プロポーズじゃないんだから…


 羞恥を堪え、今、すでに隣にいてくれる彼女の様子を伺うと、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。

 ほら、自分も照れちゃったんじゃん。

 これでおあいこか?いや、違うか


「遥くん…ううん、八神くん…」


 なんだか久しぶりに彩香にそう呼ばれた気がする。いちお告白の返事をしてくれるつもりなんだ。

 もう花火どころじゃなくなってきた…


「…七瀬さん……」

「わ、私も…好き…です…」


 なんだこれ、嬉し恥ずかし過ぎる


「う、うん…」

「八神くんはいつも私に優しくしてくれて、頼りがいがあって、その…カッコよくて…」

「あ…はい…」

「私のことちゃんと見てくれて、大事に想ってくれてる…って思ってるんだけど…」

「う、うん!それは…そうだけど…」

「だから…だからね、私もずっと隣にいたいし、隣にいて欲しい…って思ってる…」


 はあ…こういうの…なんていうんだろ…

 幸せ、というか、満たされる…っていうか



 彩香は相変わらず真っ赤で、たぶん俺も同じくらい赤くなってるんだろうけど。

 それでも彩香は、もじもじしててもちゃんと俺の目を見てくれてて、そんな彼女が愛おしくて、気持ちが溢れそうなのが分かる


(誰にも渡したくない…俺だけの…)


 俺にも人並みには独占欲もあると思ってたけど、ここまで強く感じたのは初めてだ




「彩香…」と囁き、そっと彼女の肩に手を回し、こちらに引き寄せると、「遥くん…」と小さな声で応え、そのまま俺に体を預けてくれる


「花火…もう終わっちゃうね」

「うん…」


 花火の灯りに照らされる彼女の横顔は、本当に綺麗だった


「綺麗だよ…」

「うん…」

「また来年も来ようね」

「うん…って…うん?」

「ん?」

「…その、今の綺麗だよ、っていうのは…」


 その期待に満ちた目は、分かるよ。俺になんて言って欲しいのか


「花火だよね?」

「は?」

「え?」

「も、もう!!」


 彩香がプイっと顔を背けようとしたので、咄嗟に両頬に手を添えてしまった


「はぅ…」

「あ…つい…」

「もう…」


 そのまま視線を下に向ける彼女だけど、俺にされるがままで、でもチラチラとこちらを伺っているのがまた可愛いくて


「ごめん、嘘だよ」

「へ…」

「花火もそうだけど、彩香が綺麗だよ」

「は、遥くん…」

「でも、そんなに綺麗で可愛いのは、俺の前だけにしてくれると嬉しいかな…」

「遥くん…遥くん…私…」

「好きだよ…」

「私も、好き…大好き…」




 どちらからともなく自然と目を閉じ、彼女の唇に自分の唇を重ねる。

 頭が真っ白になるかと想像してたけど、思ってたよりもそうはならなくて、彼女のことを感じることが出来た。

 柔らかくて熱くて、彩香の想いも伝わるようで、それに負けないくらい、俺の想いも伝わればいいのに、って思って


「んぅ…」

「彩香…」

「遥くぅん…」


 ほんの数秒だったと思うけど、今までの人生で一番長い数秒だったかもしれない




 花火が終わり、奏汰と莉子ちゃんと合流するために、公園を後にする。

 俺の腕にギュっとしがみついて、離れる素振りもない彩香に、また好きが溢れそうになるのが分かる


「「また来年も来ようね」」


 殆ど同時に同じことを言って、二人で笑ってしまう。

 こんな幸せが、いつまでも続けばいいのに




 この高二の夏休みは、今までの夏休みとは比べ物にならない日々で、この先の人生でこの夏を超えるものは出て来ないかもしれない


 これで今年の夏休みは終わりを迎えるけど、でもこれはまだ始まりで…そう、俺と彩香の物語は、これから始まるのだから





 ……………………………………………


 作者の月那です。


 元々この物語は、二人がファーストキスを済ませるところまでと思い、これまで執筆してきました。

 今後、たまに投稿するのかここで完結させるのか未定ですが、出来れば不定期でも何かエピソードを増やしてあげればなあと考えています。

 表記がではなくのうちは、私がその後のお話を書くつもりがあると思って頂ければと思います。


 ここまで読んでいただきありがとうございました。二人はいかがだったでしょうか?


 またいつか、お会い出来る日を楽しみにしています。




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