第112話 知らない私(彩香side)


 会場に着いてから、四人で屋台を見て回ったりして楽しく過ごすことが出来たけど、カップル同士で来てるわけだし、適当なところで別々に行動することに


 彼と手を繋いで歩いてると、少し足の親指と人差し指の間が痛いように感じた。

 履き慣れない下駄のせいだと思うけど、今のところは大丈夫そうだし、気にしないようにしよう



 このお祭りには子供の頃、両親に連れてきてもらった記憶がある。

 でも小学校高学年、中学と、私は仲のいい友達もできなかったし、もちろん彼氏なんていなかったから、一人で来るほどの度胸もないし、ここに来るのはそれ以来になる


「ねえ、遥くんはこのお祭り、来たことあるんだよね?」

「うん。中一の時以来かな」

「え?どうしてその後は来なかったの?」

「奏汰はもちろん、他の連中もみんな彼女や彼氏ができたりして、それでね」

「そうなんだ」


 周りの友達に恋人がいると、独り身だと一緒に行くのも勇気いるよね。

 遥くんも、もし彼女がいれば行ってたのかもしれないな


 あの…遥くん…確か彼女、いなかったんだよね?

 そんな話を聞いたような気もするけど、今確認するのも違うと思うし、でも、一度気になるとそればっかり考えちゃう…


「遥くん?」

「ん?どうかした?」

「私…遥くんが初めてだから…」

「え?」

「こうやって手繋いだのも、その…付き合ったのも…遥くんが初めてだから…」

「う、うん…俺も、彩香が初めてだよ…」

「うん…」


 よかった…


 いやいや、別に私と付き合う前に彼女がいたとしても、それは仕方ないからいいんだけど、それだとやっぱりちょっとモヤモヤしちゃうと思う


(そっか…私が初めてなんだよね…)



 どうしようもなく嬉しくなる。

 そして、私はもっともっとくっつきたくなってしまう


 それとなく遥くんの横顔を覗き込むと、少し赤くなって照れくさそう


(はぁ…可愛い…好き…)




 私は口元がニヨニヨしてるのを隠し、俯いて隣を歩いていた。すると、


「ここ、河川敷で花火やるんだけど、もしかしたら、もう場所がないかもしれない」


 そうなんだ。確かに人出も多いし、それだと急がないと


 そう思って遥くんの手を引き、河川敷に向かおうとしたところで、


「っ…!」

「どうかした?」


 足の指が…痛い…


 チラッと視線を下に下ろすと、指の間に血が滲んでいるのが見える


 なんとなく痛いとは思ってたけど、こんなになるなんて思わなかった。

 やっぱり、履き慣れない下駄なんて履いてるから…


「う、ううん…なんでもない」

「でも、なんか辛そうだよ」

「本当に大丈夫だから…」


 遥くんに見られたら、絶対心配されちゃう。そしたらもう花火どころじゃなくなっちゃうかもしれない。

 せっかく楽しみにしてたのに…遥くんと一緒に見たいのに…


 私は隠そうとしたんだけど、やっぱり彼に見つかっちゃって…


「大丈夫じゃないだろ!」

「そんなことないもん…」

「もう!!駄目だってば!」

「うぅ…だって…」


 真剣な表情から、彼が本当に心配してくれてるっていうのは伝わってきた。

 でも、私…遥くんと一緒に花火見たかったんだもん…


「ごめん、強く言い過ぎた」

「うん…」

「でも、その足で歩くの辛いだろ?」

「………」


 確かにそうだけど、歩けないことはないし…と思っていると、


「ほら…」


 彼は私に背中を向けてしゃがみ込んだ


(これって…おぶってくれるってこと?)


「え…でも…」

「いいから…」


 いや…あの…嬉しいけど、これはちょっと恥ずかしいよ…


「うぅ…」

「ごめん、やっぱり…そうだよね」

「え…」

「いや…恥ずかしかったよね。ごめん…」

「違っ…そういうわけじゃ…」


 あの…違うこともないんだけど…でも、こんな機会なかなかないと思うし、どうする?どうする私?

 目の前には、いつものシャツや制服姿でもない、ほとんど黒地で所々ワンポイントで花火の柄が入った、綺麗な浴衣を着た遥くんの背中が広がる


 そして襟から見える首に、短く整えられ、いつもと違って少しワックスか何かで跳ねさせた髪。

 その後ろ姿は、まるで知らない人のものに見えるけど、チラッと振り返り、その心配そうな表情は私の遥くんで…


(だめ…カッコよすぎるんだけど…)



 そして私の中で、恥ずかしさより、遥くんにおんぶしてもらいたい気持ちが勝った


「あの…お邪魔します…」


 腕を通し、遥くんの体を引き寄せ、彼に私の体を預ける。

 一瞬だけ遥くんはビクってなって、私もまたちょっと緊張がぶり返してくる。


 でも、遥くんの背中が大きくて、温かくて



「うん…じゃあ、掴まってて…」

「ん…」


 腕を彼の胸の辺りで結び、力を込めるとまた体の密着感が…


「じゃ…行くよ…」

「ありがと…」



 遥くんの背中の感触がダイレクトに伝わってくる。

 けど…これ…私の…その、胸とかも…遥くんにギュってくっついてる…よね…



 はわわ…恥ずかしい…


 …でも、やっぱり嬉しい……



 顔を隠したくなるけど、手は遥くんに掴まってるから前で動かせないし、そもそも今の私の顔、遥くんには見えないし。

 それなら…うん、いっぱいくっついちゃお


 もう少し腕に力を入れようかな、って思ったところで、


「ごめんね」

「え…何が?」

「もっと早く気付いてれば…」

「ううん、私が黙ってたから、だから、遥くんのせいじゃないよ」

「うん…」


 遥くんが悪いわけじゃないのに、なんだか責任感じてるみたい。

 はじめはちょっと辛かったけど、今はこうしていられるのが嬉しいから、もうそんなふうに感じなくてもいいのに


 それから暫く、私をおんぶしたまま彼は歩き、向こうに河川敷が見えてきた。

 でも遥くんはそこで立ち止まると、何か考えてる様子


「どうしたの?」

「…うん、もうちょっと我慢出来る?」

「私は大丈夫だけど…遥くんは…?」

「平気だよ。じゃ、行こっか」


 そう言ったけど、遥くんは河川敷に向かわず、何処か違う場所目指して歩いてる


「遥くん?…どこ行くの…?」

「うん。混んでて座れそうになかったから、少し離れるけど、ゆっくり見られる所に」


 そっか。遥くんは前にも来たことがあるって言ってたし、彼が言うような穴場スポットがあるに違いない




 たぶん今はまだ夜の7時前だと思う。夜の、と言っても、まだ暗くなり始めたばかりで、西の空には沈み始めた太陽が見える



 これからこの夏休みを締め括るに相応しい出来事が起こるけど、まだそんなことは知らない私。

「遥くんが連れて行ってくれる場所ってどんなとこなんだろう」くらいしか、この時の私は考えてなかった





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