第111話 準備って大事


 四人で祭りの屋台を見て回り、たこ焼き、フランクフルト、りんご飴、定番の射的勝負も楽しんだ。

 相変わらず、どうして祭りで食べるたこ焼きって、あんなに美味いんだろう



 こうして四人で遊ぶのは久しぶりだ。

 前に遊園地に行ったあの時は、彩香も俺も緊張してたけど、今はすっかり莉子ちゃんとも仲良くなって、楽しそうなのが見て取れる


 でも、四人とも浴衣なんだけど、その中でもやっぱり彩香は目を引くようで、男達からの視線を集めてるのは間違いない。

 俺的には誇らしいような、ちょっと不安なような、心配なような、なんとも言えない気持ちなんだけど、こういう時、彼女持ちの他の男ってどう感じるんだろう


 ちなみに隣の奏汰は、逆に自分が女の子の視線を集めてて、それに気付いてる莉子ちゃんがニヤニヤしてるけど、どういう心境なんだろう。

 これって、男と女の子で感じ方が違うんだろうか


 まあそれは置いといて、いつまでも四人でブラつくのもいいけど、そろそろこの辺で別れることに


「じゃ、ここからは別行動にしよっか」

「分かった。後で合流しよう」

「浴衣も返さないとだしね」

「うん、分かった」



 二人と別れ、彩香と手を繋いで歩いて行く


「ねえ、遥くんはこのお祭り、来たことあるんだよね?」

「うん。中一で来て以来かな」

「え?どうしてその後は来なかったの?」

「奏汰はもちろん、他の連中もみんな彼女や彼氏ができたりして、それでね」

「そうなんだ」

「彩香は?」

「家からも少し離れてるし、子供の頃に連れて来てもらってから、たぶん来てないよ」


 そういえば、俺はもちろん今まで彼女とかいなかったけど、彩香はどうなんだろう…


 なんとなく彼女も、今まで彼氏とかいなかったって聞いた気がするような…


 でも、こんなのいちいち聞くのも、それはそれで嫌がられるように思うし


「遥くん?」


 繋いでいた手に、キュッと力を込められたのが分かる


「ん?どうかした?」

「私…遥くんが初めてだから…」

「え?」

「こうやって手繋いだのも、その…付き合ったのも…遥くんが初めてだから…」

「う、うん…俺も、彩香が初めてだよ…」

「うん…」


 なんで俺が思ってたことが分かるんだろ…



 その後、なんとなく照れくさくなって、しばらく無言で歩く俺と彩香


 そういえば、ここの花火大会の河川敷、けっこう混むんだよな。

 早めに場所取りしてないと、たぶん入れなくて屋台の陰から見ることになるかも


「ここ、河川敷で花火やるんだけど、もしかしたら、もう場所がないかもしれない」


 まだ多少時間に余裕はあるけど、俺の記憶通りなら微妙なタイミングかもしれない


「そうなの?じゃあ急がないと」


 そう言って、俺の手を引き歩き出そうとしたところで、


「っ…!」

「どうかした?」

「う、ううん…なんでもない」

「でも、なんか辛そうだよ」

「本当に大丈夫だから…」


 不自然に足元が動いたので、そこに目をやると、下駄の鼻緒の所で、指の間から血が滲んでいるのが見えた


「大丈夫じゃないだろ!」

「そんなことないもん…」

「もう!!駄目だってば!」

「うぅ…だって…」


 心配してつい強めに言っちゃったから、彩香が涙目になってしまった


「ごめん、強く言い過ぎた」

「うん…」

「でも、その足で歩くの辛いだろ?」

「………」


 俯いて黙っちゃったけど、痛いのは痛いくても、やっぱり一緒に花火見たい、って思ってくれてるんだよな


「ほら…」


 俺は背中を彼女に向けてしゃがみ込む


「え…でも…」

「いいから…」

「うぅ…」


 さすがにおんぶされるのは恥ずかしいか?

 そうだよな。俺はともかく、彩香からすれば体もくっつくし、嫌だったよな


「ごめん、やっぱり…そうだよね」

「え…」

「いや…恥ずかしかったよね。ごめん…」

「違っ…そういうわけじゃ…」


 ん~…どうしようか

 絆創膏とか持ってればよかったのに、今何もないよな。こういう時、事前の準備って大事だと実感してしまった


 俺がそのままの体制で「莉子ちゃんに電話して聞いてみようかな」って思っていると、


「あの…お邪魔します…」


 後ろからするりと彼女の腕が俺の顔を横切り、少し俺の体を引き寄せると、背中に温かくて柔らかい感触が伝わり、俺に体を預けてくるのが分かる


「うん…じゃあ、掴まってて…」

「ん…」


 俺の首の下辺りで腕を交差し、力を込める彩香。さっきまでよりも更にくっついた気がするし、なんだか俺も、体が熱くなったように感じる


「じゃ…行くよ…」

「ありがと…」



 そのままお互い無言になるけど、これは思ってた以上に照れる


 背中から伝わる彼女の温もりや柔らかさ、後ろからふわっと香る匂い…

 どれもこれもドキドキするには十分だったけど、いつまでもそんなことばかり考えてられない。

 だって、こうなったのは、俺が気付いてあげられなかったからだ。


 もっと俺が彩香の様子に注意してれば、もっと気遣ってあげてれば、せっかくの日に、痛い思いさせなくて済んだのに


「ごめんね」

「え…何が?」

「もっと早く気付いてれば…」

「ううん、私が黙ってたから、だから、遥くんのせいじゃないよ」

「うん…」


 そう言ってくれる彩香が、本心でそう言ってるのは分かる。

 でも、やっぱり責任を感じてしまう



 そのままゆっくり歩いて行くと、少し先に河川敷が見えてきた。けど、やっぱり空いてるスペースとかはなさそうで、ゆっくり座って見ることも難しそうだ


(どうする?…あ…あそこ行こうかな…)


 俺が手前で立ち止まったから、後ろから不安そうに「どうしたの?」と彩香が訊ねる


「…うん、もうちょっと我慢出来る?」

「私は大丈夫だけど…遥くんは…?」

「平気だよ。じゃ、行こっか」



 前に来た時、同じように混んでて河川敷に入れなかったことがあった。

 その時一緒にいた奴に教えてもらった、いわゆる地元の人だけが知る、穴場的な場所に行くことに決め、少し速度を早めて歩く


「遥くん?…どこ行くの…?」

「うん。混んでて座れそうになかったから、少し離れるけど、ゆっくり見られる所に」



 奏汰にその旨だけLineで伝え、俺は高台にある広場に向かうことにした





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る