第109話 顔が…


 8月最後の土曜日。今日は街で花火大会が開催される日。

 俺は奏汰と莉子ちゃんと三人で彩香を迎えに行くため、電車に乗っていた


「もう夏休みも終わりだね」

「長いと思ってても、すぐだよな」

「この感じは昔から変わらないよな」


 7月のうちは部活が忙しかったりしたけど、お盆が明けてからは、今度は文化祭の準備に追われる日々だった。

 奏汰とも部活以外で顔を合わせることがなかったし、こうして過ごすのは随分久しぶりな気がする


「来年は3年生か。早いよな」

「そうだね。遥斗くんも進学?」

「うん。そのつもり」

「こいつ、七瀬さんのおかげで成績かなり上がったんだよ」


「この裏切り者め」と冗談ぽく言ってるけど、確かに彩香のおかげで、出会う前よりだいぶ良くなったと思う。

 出来れば来年は同じクラスになりたいし、大学も同じ所にいけたらなあ、とも思うけど、それはまたこれから彼女と色々話してからになるだろう



 それから彩香と落ち合い、楽しそうに話しながら前を歩く女の子二人の後を、奏汰と付いて歩く


「七瀬さん、可愛くなったよね」

「前から可愛くない?」

「ちょっと…いきなり惚気ないでよ…」

「いや、そういうつもりじゃなくて!」

「あはは。確かに、清楚可憐な美少女で、みんなの高嶺の花だもんね」

「まあ…そうだな…」

「でも、遥斗と付き合うようになってから、というか、遥斗と出会ってから、可愛くなったと思うよ」

「そう…なのかな…」


 確かに俺にはいろんな表情を見せてくれて、俺自身も最初は戸惑ったり驚いたりしてたと思う。それが素の彼女なのだと分かると、それを俺に見せてくれていることに、嬉しくも思ったものだ


「見た目だけの話じゃなくて、表情とか仕草とか。それは遥斗もそう思うでしょ?」

「そうだな」

「よかったね」

「うん」

「本当…本当によかったよ…」


 奏汰の表情から、何に対してそう言っているのか、子供の頃のことを思い出した今なら分かる。

 昔から俺のことを気にかけて、ずっと友達でいてくれてるんだな


「ああ。だから、もう大丈夫だから」

「え?」

「美佳ちゃんのことは、もう大丈夫」

「…思い出したのか…」

「いつもありがとな」

「遥斗…」

「ちょ、ちょっと…泣きそうになるなよ」


「泣くわけないだろ!」って言われても、もう目が赤くなってるじゃん。

 本当に、こっちが泣きそうになるから勘弁してくれよ




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 お店に着いて、みんなで柄を選んでから男女に別れ、着付けてもらうことに。

 俺と奏汰はすぐ終わって出て来たけど、女子二人はまだの様子


「遥斗?まだしばらくかかるからね」

「そうなの?」

「浴衣着るだけじゃなくて、髪とかも綺麗にしてもらってるはずだからね」

「そうなんだ」


 さすが彼女持ちの先輩の奏汰。俺よりこういうのに詳しいのは心強い


「でも、楽しみでしょ?」

「そんなの、楽しみに決まってるだろ」

「そ、そうか…」


 だって彩香の浴衣姿だよ?

 楽しみだし、早く見てみたい


「遥斗って…凄いよね…」

「何がだよ」

「真顔でデレてくるんだもん…」


 え?いつ?いつ真顔でデレた?


「そんなことないだろ!」

「まあ、それはそれでいいと思うから」

「だから何が…」


 少し真面目な顔をして言う奏汰


「あの七瀬さんと付き合って、もう学校でも有名になっちゃったよね」

「ああ、それはまあ…」

「俺の周りにも嫌なこと言ってた奴いるけど、そんなの無視しなよ?」

「うん…」

「堂々としてれば、それでいいから」

「うん…」

「周りとか気にしないようにね。大事なのは、遥斗と七瀬さんの気持ちだから」

「…そうだな」


 彩香もその辺は少し気にしてた気がするし、俺もその通りだと思う


「あ、でもね」

「うん?」

「今みたいに、あまり無防備にデレない方がいいとは思う」

「だからデレてないってば!」

「度が過ぎると反感買うかもだし」

「だから…」

「まあまあ、二人っきりの時はいいんじゃないの?そういう無自覚なのも、女の子は喜んだりするし」

「いや、ちょっと難しいんだけど…」



 そうこうしてるうちに、「お待たせ~」と言う声と共に、二人が現れた


 彩香は控えめに朝顔の柄が入った、藍色の生地の浴衣に身を包み、ロングの黒髪は綺麗に結い上げられ、可愛らしい簪で止められている


 俺はあの海に行った時、水着姿を見てドギマギしてたけど、今目の前にいる彩香はあの時と同じように可愛く、そして、あの時よりも凄く綺麗で…


「あ…」と言ったあと、俺はそのままポカンと口を開けたまま、動けないでいた



 隣で奏汰は莉子ちゃんと楽しそうにキャッキャしてるけど、それもどこか遠くに感じる


 彩香は固まって動かない俺に、不安そうに眉尻を下げ、「どうかな…」と上目遣いで訊ねてきた


「その…凄く似合ってる…」

「うん…ありがと…」


 安心したように笑顔になり、「えへへ…」と表情を緩ませる彩香に、それだけでも十分だったんだろうけど、俺の口は勝手に動いてしまう


「綺麗だよ…」

「へ…」




 顔が…熱い…





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