第106話 証拠(彩香side)


「彩香…どうして…」

「ご、ごめんなさい…」


 遥くんが悲しそうに見えて…それは、私が逃げ出したからだよね…

 本当は…いっぱい一緒にいたいのに…


「ううん、そうじゃなくて、俺、何かやったんだよね?」

「ち、違う…」


 遥くんは何もしてないよ。

 悪いのは私。私が勝手にやきもち焼いて、拗ねてるだけなの


「何か彩香にとって嫌な、悲しませるようなことしたんだよね?」

「うぅ…遥くん…」

「ごめんね。俺、気付いてあげられなくて」


 本当に申し訳なさそうにそう言ってくれる彼に、我慢してた涙が零れる


「俺、分かんないから、出来れば教えて欲しいんだ。あと、彩香が考えてることも、教えて欲しい」

「…遥くんっ!」


 彼に抱きついて、その胸に顔をうずめて、ただ謝罪の言葉ばかりが出てくる


 遥くんは「彩香が考えてることも、教えて欲しい」と言ってくれたけど、本当は言いたくなかった


 だって、言ってしまったら、彼に嫌われちゃう…。遥くんに嫌われたら、私…


 …でも、このままだと駄目だと思った。

 ちゃんと話して、ちゃんと謝って、今までみたいに、ううん、今までよりもっと好きになりたいし、好きになってもらいたい


「…私…私ね…重い女の子なの…」

「え?どういうこと?」


 私は勇気を出して遥くんに話した


 遥くんが他の女の子と話したり楽しそうにしてるのを見るのが辛い、嫌だと…


「うん。それは俺もそうだけど」

「…そうなの?本当に?」

「彩香が他の男と話してたり、楽しそうにしてれば、そりゃ俺だって面白くないよ」


 あ…遥くんも私と同じ気持ちだったんだ…


「じゃ、じゃあ…もう他の子とは一切話さないでくれる?」

「いや、でも、彩香だって、クラスで男子と話はするよね?」

「もうしないようにする」


 そうすれば、もう私達二人だけで、ずっと幸せに過ごせるよね


「…なるほどね。分かったよ」

「じゃあ、もう私だけとしか話さないで?ねえ、お願い」

「ごめん、それは出来ないよ」

「え…」


 どうして…


「あの…ここだとちょっとなんだから、こっち来てもらっていいかな」


 遥くんは私から離れるとそう言って、あまり普段人が来ないような、校舎の角の奥ばった所に私を連れてきた


(え…もしかして…)


 別れ話…なの…?

 そんなの…そんなの嫌だよ…


「彩香、あのね…」

「遥くん…」

「ありがとう」

「え…?」


 遥くんは私の体を引き寄せると、軽く抱いてくれて、そして、頭を優しく撫でてくれた


「はぁ…」


 さっきとは違って、遥くんの温もりと匂いが私を包んでくれて、安心して少しずつ落ち着いてくる


 遥くんは私の思ってたことを否定しないで、自分もそうだよ、って言ってくれる。

 私の言ったことが間違ってるって思っても、それを直してくれて、それでも私のことが好きだと言ってくれる。

 優しく、諭すように、まるで私にお願いするみたいに


 そうだよね。私が間違ってたんだ


 少し会えなかっただけで、他の子と話してただけで、あんなに嫉妬しちゃって。

 だって、遥くんはこんなに私のことを想ってくれてるだもん


 私がもう一度ちゃんと謝ろうとしたら、


「俺が本当に好きなのは彩香だけだし、その…あ…あ……」

「…あ?」


 急に顔真っ赤にして、言いにくそうにしてるけど、どうしたんだろう


「……あ、愛してます…」

「ぁ…」



 もう…

 遥くん…遥くんは本当にずるいよ


 いつも私のこと見てくれてて、いつも想ってくれてて、いつも欲しい言葉を、それ以上のものを私にくれる


 たぶん私、ちょっとヤンデレっぽくなってたんだよね。

 そんな私のことを、ちゃんと見つめてくれて、ちゃんと手を差し伸べてくれて、しかも…あ、愛してる…とか…


 優しくて、優し過ぎて、無意識に他の子に好かれたりしないか心配になるけど、でもそんな遥くんが大好きだし、私も…


「遥くん…?」

「はい…」

「じゃあ、証拠見せてよ」

「証拠…ですか…?」

「ふふ…なんで敬語なの?」


 少し悪戯心が出ただけで、もう十分に信じてるし、たくさん貰ったと思う


「証拠って…どうすればいいんだよ…」

「それは自分で考えてよ」


 こういうやり取りをしてるだけで、私の心は満たされていく


「分かったよ」

「うん」


 遥くんどうするのかな?と思っていたら、私を抱き寄せ、その後、頬に何か触れた感触があった


「ぁ…」

「…これじゃ…駄目かな…」


 これ…キスしてくれた…?

 ま、まさか、学校でこんな…ちょっとこれは予想してなかった…


「…もう…もう!」

「え…彩香…?」


 く、唇じゃなかったのは残念だけど…でも今日はたくさん遥くんに貰ったし、また更に好きになっちゃった気がするし…


「うぅ…し、仕方ないから、いいよ…」

「う、うん…」







 二人で手を繋いで、もちろん指を絡めて、私達は歩いている


「遥くん…ごめんね…」

「ううん、俺もだよ」

「私…わがままで、構って欲しい子なんだと思うの…」

「そうかもしれないね」

「だから…いっぱい構って…ね?」

「う、うん…」


 もちろん私は構って欲しいし、遥くんのことも私は構いたい。

 我ながらデレデレだと思う


 でも今回みたいなことはもう懲り懲り。

 怖くて不安で、何より、私は彼のことを信じてあげられないようになっていて、そんな自分が許せなかった


 少しくらい他の子と話してても、楽しそうにしててちょっとモヤッとしても、遥くんは私だけを想ってくれてるんだって思えば、もう平気。

 だって、いつでもこうして彼と一緒にいられるのは、私だけなんだから





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