第105話 証拠


 確か彩香は階段を下りて行った。ということは、外に出る?

 まさか、帰っちゃうのか…?


 昇降口に着いたけど、そこに彼女の姿はもう見られない


 いくらなんでも早過ぎないか?

 いちお俺も運動部なんだけどな


 靴を履き替えて外に出る。遠くの方まで、左右確認しながら、彩香の姿を探していると、校舎の脇の桜の木の下で、少し上を向いて佇んでいる女の子を見つけた


 近付いて行くと、彼女は右手で髪のところを押さえながら、微笑んでいるように見えた


 俺が声をかけようとしたそのタイミングで、彩香もこちらに振り返った



「彩香…」

「…遥くん……」


 驚いたような、嬉しそうな、でもその瞳は赤くなっていて、今にも涙が零れそうだ


「彩香…どうして…」

「ご、ごめんなさい…」

「ううん、そうじゃなくて、俺、何かやったんだよね?」

「ち、違う…」

「何か彩香にとって嫌な、悲しませるようなことしたんだよね?」

「うぅ…遥くん…」

「ごめんね。俺、気付いてあげられなくて」


 もうその彼女の頬には涙が流れている


「俺、分かんないから、出来れば教えて欲しいんだ。あと、彩香が考えてることも、教えて欲しい」

「…遥くんっ!」


 彩香は俺の胸に飛び込んで来て、ぐすぐすと泣いている。そして「ごめんなさい…」と繰り返している


「彩香?何がごめんなさいなの?彩香は悪くないでしょ?」

「ううん…違うの…私が悪いの…」

「どうしてさ」

「…私…私ね…重い女の子なの…」

「え?どういうこと?」


 重い女の子…?…え?どういう意味?


「私…遥くんが他の女の子と楽しそうにしてると辛いの…」


 うん。それは俺だって、彩香が他の男と楽しそうにしてたら面白くない


「あと、あとね?…他の子と話してるの見るのも嫌なの…」


 うん、それも分かる。彩香が俺の知らない男子と話してるの見たら、モヤッとするかもしれない


「うん。それは俺もそうだけど」

「…そうなの?本当に?」

「彩香が他の男と話してたり、楽しそうにしてれば、そりゃ俺だって面白くないよ」

「じゃ、じゃあ…もう他の子とは一切話さないでくれる?」


 え?それはちょっと違くないか?


「いや、でも、彩香だって、クラスで男子と話はするよね?」

「もうしないようにする」


 いやいや、それはちょっとどうかと思うよ


 気持ち目に覇気がない彩香。

 俺はさっき早川さんと話したことを思い出し、なんとなく結論に辿り着く


(これ…ヤンデレってやつ?)


 なんで…どうしてこうなった?

 あんなに可愛かった、校内で誰もが憧れた七瀬さんが、どうして…


 俺のことを凄く好きでいてくれてることは、もう十分伝わっている。でもそれは、俺が感じていた以上のもので…だからっていう話なのか


「…なるほどね。分かったよ」

「じゃあ、もう私だけとしか話さないで?ねえ、お願い」

「ごめん、それは出来ないよ」

「え…」

「あの…ここだとちょっとなんだから、こっち来てもらっていいかな」


 今この近くに人影はないけど、いつまでも抱き合ったままではいられないので、少し奥に入った、ほとんど生徒達が立ち入らなさそうな場所へと二人でやって来た


「彩香、あのね…」

「遥くん…」

「ありがとう」

「え…?」


 今度は俺から彩香を抱き締める。そして、頭を優しく撫でてあげた


「はぁ…」

「彩香…俺のこと好きになってくれてありがとう。俺も彩香のこと、好きだよ」

「遥くん…私も好き…」

「でもね、さっき言ってたようなのは、やっぱり違うと思う」

「え…」

「ほら、他の子と話さないで、ってやつ」

「うん…」

「俺も彩香が他の男と仲良くしてたら嫌だよ?彩香もそうなんでしょ?」

「うん、嫌…」

「でも、別にその相手のことは友達としては好きかもしれないけど、本当に好きなのは、えっと、その…」

「え?なに…?」


 う、うぅ…これは緊張する…でも、


「俺が本当に好きなのは彩香だけだし、その…あ…あ……」

「…あ?」

「……あ、愛してます…」


 緊張して噛みそうだった!危うく「愛してましゅ」って言いそうだった!


 顔が…顔が熱い!!


 でも、好きなのは本当だし、でもでも…高校生で愛してるとかなんだとか、まだ早いような気もするし…逆に引いてないかな…

 引かれてたら終わりだ…



 彩香は俺が言った後に一言だけ「ぁ…」と小さな声を出しただけで、その後、何も言わないし、何もしない


 居心地が悪くなりそうだったので、俺は触れ合っていた体を離そうと、背中に回していた腕を下ろすと、


「遥くん…?」

「はい…」


 俺は気まずくて、俯いて目を逸らしてたけど、彼女に名前を呼ばれ、その表情を伺うと、さっきまでの、少し暗い感じの目じゃなくて、それこそ漫画みたいにキラキラしてるように俺には見えた


「じゃあ、証拠見せてよ」

「証拠…ですか…?」

「ふふ…なんで敬語なの?」


 ああ…綺麗な笑顔だな…よかった

 本当によかった…


「ん?一人で満足してるっぽいけど、証拠見せてくれるまでは駄目だよ?」

「証拠って…どうすればいいんだよ…」

「それは自分で考えてよ」


 ちょっと悪戯っ子みたいな彩香。

 うん。可愛い

 こんな彩香でずっといて欲しい


「分かったよ」

「うん」


 もう一度彼女を抱き寄せると、俺はその頬に軽く唇を当てた


「ぁ…」

「…これじゃ…駄目かな…」

「…もう…もう!」

「え…彩香…?」

「うぅ…し、仕方ないから、いいよ…」

「う、うん…」




 手を繋いで校庭の方に向かって歩いて行く


「遥くん…ごめんね…」

「ううん、俺もだよ」

「私…わがままで、構って欲しい子なんだと思うの…」

「そうかもしれないね」

「だから…いっぱい構って…ね?」

「う、うん…」


 上目遣いで、おねだりするようにそう言ってくる彼女は可愛くて、俺は思わず動揺してしまう。

 でも、今回みたいなことにならないよう、たぶんお互いに気にしてないといけないな



 そんな俺達二人の姿は、もちろん部活中だった生徒や、その時近くにいた生徒達に目撃されることになり、おそらく、これで俺達が付き合ってるということは、周知のことになるのだろう





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