第104話 その時までは(彩香side)


 クラスでは文化祭の出し物の準備が始まり、みんなでああでもない、こうでもないと、賑やかにやるのも私は初めての経験で、戸惑うこともあったけど、それでもこうしてる時間が楽しかった。


 こうして友達だと思える人達と、同じ目標に向かって頑張るというのが新鮮で、夏休みなのに一日中学校にいても、そう苦には感じなかった


 でも、やっぱり遥くんと会えない時間が増えたのが辛い。

 Lineのやり取りはもちろんしてるけど、夜に少し電話で話すくらいで、それも日を追う毎に少なくなったように感じて


 一度気にしてしまったら、もう頭の中はその事しか考えられなくなって、


「はぁ…」

「ん?七瀬ちゃん、どした?」

「はぁ…」

「ちょ、ちょっと…溜息が半端ないけど、大丈夫?ちょっと疲れた?」

「分かんない…」

「ははぁん…そっかそっか」


 ちょっと楽しそうにニヤつく夏季ちゃんだけど、今は余り構う気力が出てこない


「ごめん、夏季ちゃん、集中するから」

「寂しいんだ」

「うん、そうなの」

「会いたいんだ」

「うん。会いたい」

「ちょ…ごめん、もう許して…」

「え?何が?」

「もうこっちが恥ずかしくなっちゃう…」

「ぇえ!?」

「そんなに会いたいなら、行ってくれば?」

「ううん、大丈夫。続きやろっか」



 その時までは、自分で言ったように本当に大丈夫、って思ってたのに…





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 花火大会の二日前。

 私はこれまでのように、教室でみんなと一緒に出し物の準備に参加していた


 明後日は天気予報でも雨マークはなかったし、問題なくお祭りは開催されると思う。

 遥くんも楽しみにしてくれてるみたいだし、私も早く明後日にならないかな、って、そんなことばかり考えてしまう。

 本当は遥くんと一緒に浴衣を見に行きたかったけど、私も彼も準備に追われる毎日でそれは出来なくて、ちょっと残念だった


 それが原因かどうかは分からないけど、最近あまり会ってない気がするし、無性に彼に会いたくなってしまった


「うぅ…」

「ん?辛そうだけど、七瀬ちゃん大丈夫?」

「分かんない…」

「そ、そっか…。じゃあ、どうしたい?」

「…会いたい…」

「八神くんに?」

「他に誰がいるっていうのよ」

「こ、怖いんだけど…」

「ごめん…」

「もうだいぶ目処も立ってると思うし、少しくらい抜けてもいいよ?」

「いいの…?」

「うんうん」

「じゃあ…遥くんに会いに行く!」

「お…おぉ…」



 教室を出た私は少し早足で、彼のクラスの所までやって来た。

 廊下から中を覗くと彼を見つけたけど、遥くんはたぶんお化け屋敷の衣装を着ていて、でもその周りで女の子が楽しそうに、遥くんに話しかけてる様子も視界に入って来た



 え…なにそれ……

 私…私こんなに寂しかったのに、遥くんは楽しく女の子と仲良くやってたんだ

 そうなんだ…


(バカ…遥くんのバカ…)




 すぐ自分の教室にも戻る気がしなくて、私は渡り廊下の所まで行くと、そこから見える中庭の景色を眺めていた。

 窓は空いていて、入ってくる風は生温い感じはするけど、少し落ち着きを取り戻す


 うん。

 うちのクラスだって、みんな、男子も女子も一緒になってわいわいやってるんだから、あれくらいは仕方ないよね。

 私だって、全く男の子と話さない、ってわけじゃないし…あぁ、でも、やっぱり…他の女の子と話してるの見るのはヤダな…



 なんとか自分のA組に戻って来ると、廊下に彼の姿があって、「来てくれたんだ…」って嬉しくなりそうになった次の瞬間、夏季ちゃんと話してるのが目に入って


(あ…もう無理…)




 私はその場からすぐ逃げ出したくて、夢中で走っていた




 気が付いた時には、私は上履きから履き替えることもせずに、緑の葉が生い茂る、桜の木を見上げていた


 そう…ここで、今使ってるこのヘアピン、彼に貰ったんだった




 右手でそっとピンに触れると、あの時のことを鮮明に思い出す


 あの頃も遥くんのことが大好きで、貰った時は、抱きつきたいのを我慢するのに必死だった。

 彼のことがもっと知りたくて、私のことも知ってほしくて。そういえば唐突に誕生日聞いたんだっけ。今思えば脈略なさ過ぎで、遥くんがキョトンってなるのも無理ないよね


「ふふ…懐かしいな…」


 まだほんの五ヶ月前のことなのに、もうずいぶん昔のことのように思える。

 あんなに好きだったのに。今はもっともっと好きなのに。それなのに…


「遥くん…逃げちゃってごめんね…」


 涙が零れそうになる




 …でも、泣いちゃ駄目


 ちゃんと遥くんと話して、きちんと許してもらわないと


 校内に戻ろうと、振り返ろうとしたその時



「彩香…」

「…遥くん……」



 彼の姿を見た時、それまで気持ちよくさわさわと吹いていた風が、一瞬だけ止まったように感じた





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