第103話 その時までは


 いよいよ出し物の準備が始まった


 初日は細かい仕事の割り振りと、翌日以降のスケジュールの確認等で終わったものの、そこからは俺が思ってた以上にハードなものだった。

 普通に朝家を出て学校に行き、部活で出れない時間帯以外はほぼ教室で作業。適当にお昼を食べて夕方近くまでまた作業


 え?普通に一日中学校にいるじゃん


 確かに、去年他のクラスの出し物を見て回った時、上級生のクラスのそれは凝っていて、感心したのを思い出す


 なるほどね。これくらい力入れてやってたんだ、そりゃそうだよな


 初めのうちは、正直面倒だなと思わなくもなかった。でも、授業以外でこうしてクラスのみんなとワイワイやってるのは、それはそれで楽しい。

 今までいつも奏汰が横にいて、いつも奏汰が中心で俺はそのおまけ感があったと思う。

 でも今、俺は俺としてここにいて、みんなが柊くんの友達の俺じゃなくて、クラスメイトの八神として一緒にいてくれる。そう思えると、ここにいることが凄く楽しかった



 作業が始まった最初のうちは、まだそれなりに頻繁に彩香とLineのやり取りもしてたけど、日が進むにつれてやらなければならないことが増えるというか、少しずつ追い込まれてるというか


 気が付けば、彼女と全く顔を合わせない日もあるくらいで、寂しく思う気持ちはあったけど、メッセージのやり取りや電話で話すことはもちろんあった


 俺はとても充実した時間を過ごしていると思っていたんだ


 そう。その時までは




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 八月も残り十日足らず。明後日には天気も問題なさそうだし、無事花火大会は執り行われるはず。

 今日も教室では準備にせわしなく皆が動いていたけど、たぶんうちのクラスは最初から気合いが入っていたからなのか、ある程度ノルマ的なものは達成されていたと思う


 衣装も女子達が頑張ってくれたおかげで、だいたいの物はもう出来上がっていて、俺は矢野さん達に呼ばれ、当日の衣装合わせをしていた


「あは♪八神くん似合う!」

「似合うとか言われても、微妙だね…」


 少し服が破れ、所々に血のりが飛び散った感じのゾンビ用の服に着替え、そんな話をしていたら、なんとなくこちらを見ている視線があることに気付く


「あれ?七瀬さんじゃない?」

「え?あ…ほんとだ…」


 廊下から教室の中を伺い、俺の方を見ている彩香を見つけたけど、その表情はどこか悲しそうで、心なしか目に色がない


「俺、ちょっと行ってくるね」

「うん。いいけど、そのままでいいの?」

「何が?」

「いや、服」

「まあ、いいんじゃないかな」

「ん~…やっぱり当日まではあまり他のクラスの人に見られたくないし、ちょっと着替えてきてよ」


 俺は「ちょっと待ってて」と彩香にジェスチャーして、女子達に引っ張られて着替えに行く。さっさと着替えて出てくると、そこにはもう彼女の姿はなかった


「あれ?帰った?」

「え?あ、いないね。たまたま通りかかっただけだったのかな」

「…ちょっと抜けてもいいかな」

「うん。大丈夫」

「ありがとう」



 教室を出て彩香のA組の方に足を進める。

 チラッと室内を見ても彼女の姿はなく、俺が少し探していると、見覚えのある女の子と目が合った


「あ!八神くん」

「早川さん」

「準備は順調?」

「まあそれなりに。こっちは?」

「うちも同じような感じかな」

「えっと…あや…じゃなくて、七瀬さん知らない?」

「ん?別に隠さなくてもいいよ。私達、知ってるから」

「そ、そう…」

「それで?ついさっき「遥くんに会いに行く!」とか言って出て行ったけど、会えなかったんだ」

「あ、うん…まあ…」

「でも、戻って来てないみたいだよ」

「そっか…ありがとう」

「何かあった?」

「え?いや、特に何もないと思うけど」

「だって、この距離で会えないわけないし、何かあったんじゃないの?」


 そうは言われても、思い当たることがなかった俺は、ついさっきあった事を、だいたいそのまま早川さんに伝えた


「…そっか、なるほど…」

「え?俺…何かやらかしてる?」

「何もやってないと言えばやってないし、やらかしてると言えばやらかしてる」

「え!?」

「八神くん、七瀬ちゃんのこと、分かってないなぁ」


 そりゃ早川さんの方が、友達として彩香と一緒にいた時間も長かっただろうし、俺より彼女のことを理解している面もあるかもしれない。でも、そんなふうに言われると、俺でも少しカチンと来てしまう


「それ、どういう意味?」

「ごめん、言い方が悪かったね。別にそういう意味で言ったんじゃなくて、…あ、やば」

「え?」


 話してる途中で急に固まったので、俺も早川さんのその視線の先に目をやると、そこには俯いてプルプルと肩を震わす彩香が


 俺が「あの…」と声をかけようとするも、彼女はダッシュで逃げるように行ってしまう


「え?ちょ、ちょっと…なんで…」

「…八神くん、そういうことよ」

「はい?どういうこと?」

「私から言うのも違うと思うんで、詳しくは教えてあげられないけど、あの子、本当に八神くんのこと好きなんだよ」

「え…う、うん…」

「だから、早く追いかけてあげなよ」

「分かってる…」




 彩香は、わざわざ俺に会いに行くって友達に言って教室を出て、それで今こうなっちゃってるんだよな


 どうしてこんなことになってしまったのか分からないけど、俺が悲しませたのは間違いない。

 それならちゃんと話をして、俺に直すところがあったのなら教えてもらいたいし、彼女が思っていることも教えてもらいたい



(確かこっちの方に行ったよな…)



 まだ残暑も厳しく、少し蒸し暑い校内を、俺は彩香の背中を追いかけていた





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る