第100話 あの日の情景、そして今、隣にいてくれる君に


『みかちゃん、いっしょに帰ろ?』

『うん!』


 子供の俺がそこにいて、「ああ、これは夢なんだな」って思って、

 でも、この子、誰だっけ…


 周りには俺と同じように子供の姿の奏汰や莉子ちゃん、それに見覚えのあるみんな。

 でも俺がみかちゃんと呼ぶこの女の子だけ、記憶が曖昧だ


 夢の中では、その女の子と手を繋いで一緒に帰ったり、公園で並んでブランコで遊ぶ姿も見られるので、たぶん仲の良かった子なんだと思う。

 でも、それならどうして、あまり覚えていないのだろう



 場面が教室に切り替わる


 休み時間なのか、教室の隅で何人かの男子に囲まれ、困ったような表情の俺。

 そして少し離れた席に座るあの子は、顔を赤くして俯いている


『ぜったいお前のこと好きだって』

『そ、そんなことないと思うよ』

『あるよ。だって、いつもなかよくいっしょに帰って、きのうだって遊んだんだろ?』

『そうだけど…』

『ほら!やっぱりそうだって』


 なるほど、よくある話だ。

 本人達はそのつもりはないけど、周りの奴らが面白がってからかってるやつだな。

 しかもこの年頃の男子は、こういうの好きだったりするもんな


 どこか他人事のようにその映像を見ていたけど、たぶん…これは実際にあったことなんだよな…?



 おそらくその日の放課後、子供の俺は最初見たように、その子に「一緒に帰ろう」と声をかける。すると、


『勘違いしないでね。私、はるとくんのこと、好きとか思ってないから』



 そう言って彼女は一人歩いて行き、俺は呆然とその姿を眺めていた



 それを見ていた連中がまた面白がって、

『ああ!はるとフラれた!』

『ぜったい好きだと思ったのにな』

『もう一回言ってこいよ!』

 なんて、笑いながら俺に言っている


 そして子供の俺は耳を塞いで、その場から走って行ってしまった




 そしてまた場面が切り替わり、たぶんその後の、違う日の体育館の裏手


 奏汰がさっきの男子達に、掴みかかる勢いで言い寄っている。たぶん俺のために怒ってくれているんだろう。でも子供の俺は、その様子をただぼんやり眺めている


『はると!気にするなよ!』

『うん…大丈夫』

『みかちゃんだって、はずかしくなって、思ってもないこと言っちゃっただけなんだ』

『うん…』

『りこちゃんが言ってたよ。みかちゃんが泣きながらそう言ってた、って。本当は、はるとのことが…』

『うん…もう大丈夫だから』


 そこにいる俺は子供の奏汰の言葉を、たぶん聞いていない。

 笑ってるんだけど、どこか違う所を見ているような、そんなふうに見える



 そしてそのみかちゃんとは殆ど接することはなくなり、進級する頃には、もう全く話すことも、目を合わせることもなくなっていた




 夢から覚め、ようやく納得した



 頭の中で聞こえたあの声は、「勘違いしないでね」と言ってたのは美佳ちゃんだ。

 そしてそれも、からかわれて恥ずかしくて、たぶん本当は俺に好意を抱いてくれてたのに、そんなふうに言ってしまっただけ


 奏汰が教えてくれてたように、あそこで俺がもっとちゃんと話せてたなら…俺がもっと強ければ、あんなふうにはならなかった


 俺は酷いことをしたと、少しだけ大人になった今なら分かる


 あの時、何もかもなかったことにして彼女から逃げて、そして美佳ちゃんのことすら、俺は今の今まで忘れてたなんて




 ┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄┄


 今日は彩香がこっちに帰って来てから、初めて会う日


 待ち合わせ時間の30分位前、約束したカフェの前に着くと、まだ彼女の姿はそこにはなく、なんとなく空を眺め、今朝見た夢のことを思い返していた


「遥くん!!」


 たぶん5分も経たないうちに彩香は来てくれて、俺の腕を取ってくっついてくる


 お店に入り、会えなかった間の、お互いのことを話したりした後、それからまた場所を変えようと二人で歩いていた


 なんとなく目に付いた公園に立ち寄り、木陰で気持ちよさそうなベンチに二人並んで腰を下ろす


 今日会った時から変わらず、隣で嬉しそうに、笑顔で話しかけてくれる彩香


 いつも俺への想いを伝えてくれて、そして今も、こうして嬉しそうにしがみついて来てくれる彼女に、


「ありがとう…」

「え…どうしたの?」

「うん…やっぱり…ありがとう…」


 左腕から優しく彼女を引き離すと「え…」と不安そうな顔をする彩香。でも、


「な…なな、何!?」

「うん…」


 俺がいきなり抱き締めたせいで、おろおろし始めてしまった


「は、遥くん…嬉しいけど、そんな…いきなりとか…それに、他の人に見られたら…」


 ここは駅前みたいな人が多い場所じゃないし、お昼前、今周りに人影はなかったけど、

腕の中で恥ずかしそうに、でも少し嬉しそうに、こちらを上目遣いで見る彩香


「俺もちゃんと伝えたくて」


 さっきまでより、少しだけ力を込めて抱き締める


「あぁ…は、遥くん…」

「いつもありがとう。俺も彩香のこと…ちゃんと見るからね」

「う、うん…」

「好きだよ」

「うん…私も…好き…大好き…」


 いつの間にか俺の背中にも彼女の手が回っていて、お互いに抱き締め合っていた


 もしかしたら、いつか、何か起こって別れるようなことになるかもしれない。

 お互いこんなに想い合っていても、離れなければならない時が来るのかもしれない


 でもあの時の、子供の頃のような、あんな些細なことがきっかけで、俺と美佳ちゃんは口も効かないようになってしまい、俺は自分を卑下しがちな男になってしまった。


 今こうしている彩香と、同じようなことにだけはしたくない。

 彼女から目を逸らさないで、ずっと彼女と向き合って、それでも駄目だったら仕方ないけど、でも、出来ればずっと一緒にいたい



「彩香…一緒にいようね」

「うん…私…遥くんといるから…」


「ずっと一緒に」って言えない辺りが、まだ俺がいまいちなところだろうな




 その後、二人でお店を回ったり、ご飯を食べに行き、またお互いのことを話して笑い合う。

 そんな時間はあっという間に過ぎてしまうんだけど、固く繋がれた手はその日駅で別れるまで、離されることはなかった







 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 作者の月那です。

 私の中で勝手に100話記念ということで、こういうお話になってしまいました。


 次話以降は普通に(?)甘々になるかもですが、まあそれはそれで… (o_ _)o






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