第99話 いつもの声(彩香side)


 遥くんの誕生日の二日後には、私達家族はお母さんの実家に帰省することとなった。

 一日目は移動時間もあったし、あっという間に時間は過ぎる


 夕方になる前にはおばあちゃんの家に着き、車を降りてなんとなくスマホを見ると、遥くんからLineが届いている


『夜になる前には着くのかな?そっちで久しぶりに会う人も多いだろうし、たぶんみんな会うのが楽しみだよね。帰って来たら、話聞かせてね』


 今日は朝からバタバタしてたのもあるし、もちろん遥くんのことを忘れてたとかじゃないけど、少し意識の端に追いやられてたのは確かだ。

 でも、この文を見て一気に、私の心の真ん中に、彼が戻って来る


 今頃どうしてるんだろう

 一昨日のこと…どう思ってるんだろう

 もしかして、はしたない子だなとか、そんなふうに思われてないかな…


 あの時の、彼に抱き締められた感覚が蘇り、体が熱くなる。

 そしてメッセージの最後の「帰って来たら、話聞かせてね」というのも、こっちにいる間は自分のことは気にしないで、楽しんできなよ、っていう彼の心遣いが見え隠れして、今すぐにでも電話したくなる私


「彩香?どうかした?」

「え…ううん…なんでもないよ」

「ほら、おばあちゃんの所に行くわよ」

「うん」


 そのまま祖母の家にあがり、夕飯をいただいて話していると、電話どころか、メッセージの返信も出来ず、彼に返事を送れたのは夜寝る前で、その日のうちに遥くんから返事が来ることはなかった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 二日目の朝。目が覚めるとすぐにスマホを確認するけど、まだ既読にもなってないし、もちろん返事も来ていない


(遥くん…)


 少ししょんぼりしちゃったけど、みんなに心配されても困るから、いつものように振る舞い、朝ごはんを食べる


 今日は地元の夏祭りがあるということで、おばあちゃんや私達家族みんなで出かけることになっていた


 支度を済ませて、みんなで歩いて神社に向かう途中、お姉ちゃんに声をかけられる


「ねえ、彩香」

「どうしたの?」

「うん。もしかして疲れた?」

「ううん、平気だよ」

「そう?なんとなく元気ないから」


 いけない。こんなことでみんなに気を使わせちゃ駄目だ。

 そう思い、笑顔で「大丈夫だよ」と答える



 結局この日も、少しメッセージのやり取りをしただけで、彼の声を聞くことはなかった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 三日目。

 帰るのは明日なので、遥くんに会えるのは明後日以降になる。


 でも、早く帰りたい気持ちはあるけど、こうしてここまで連れて来てくれたお父さんお母さん、何より、私達が来るのを楽しみに待っててくれたおばあちゃん。

 それなのに「遥くんに会いたいから早く帰りたい」なんて言えないし、彼のメッセージにもこっちの人達と楽しく過ごして、みたいなニュアンスの文言があったし。


 うん。そうしよう



 遥くんとは適当な時間にメッセージのやり取りはしたけど、夕食後までは、こちらでみんなと一緒に穏やかに過ごした




 その夜、お風呂からあがり、縁側に腰掛けて星空を眺めながら、彼とメッセージのやり取りをしていた


 でも心なしか、遥くんの文章の歯切れが悪いように感じ、少し悪戯心が生まれた私は、


『遥くん、会えなくて寂しいの?』


 と冗談半分で送った。

 すぐに既読になり、彼から返信が


『寂しいよ』


 その一言だけのメッセージを見て、胸がキュンとなる私。

 立ち上がり庭の奥へと足を進め、遥くんにメッセージを送る


『電話してもいい?』


 すぐに音声通話の着信があり、


「もしもし?遥くん?」

『うん…』


 こっちに来てから、初めて遥くんの声を聞いた私の頭の中では、これまで彼と過ごした、今まであった色んなことが、走馬灯のように流れる


「遥くん…」

『彩香…』

「…明日には帰るからね」

『うん…待ってるね』

「うん…」

『あと、帰って来たら…一緒にどこか出かけようね』

「うん…うん…」


 よく分からないけど、涙が零れる


 優しい、いつもの遥くんの声が、凄く心地よくて、やっぱり私はこの人のことが大好きなんだな、って実感する



 それから部屋に戻り、お布団に入るとお日様の匂いがして、私はまるで彼に包まれているような感覚になって、なんだか一人で照れて恥ずかしくなってしまったのだった





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