第98話 帰って来たら


 お盆になり、彩香はお母さんの実家に付いて一緒に帰省したため、当面の間、彼女と会うことは出来なくなった


 俺もこの期間は部活もなかったため、自宅でゴロゴロしたり、思い出したように課題をしたり、テレビを見たり漫画を読んだり…


 こうしていると改めて思う


 彼女と過ごしていた時間が、いかに俺にとって大切だったか、充実していたか、と


 そして一度彩香のことを考え始めると、もうその顔が頭から離れなくなって、これまで彼女とやり取りしてきたLineの履歴を眺めては、彼女とのあんなことやこんなこと、それらを思い返し、また会いたくなる


 たかだか一週間にも満たない期間、彼女と会えなくなるってだけで、こんなに寂しく思うとは考えてもいなかった。

 もちろん寂しくなるんだろうって思ってはいたけど、まさかここまでとは…



 地元の友人達も、この期間はあまり家にいない面子が多く、こうして家に籠る日々が続いていた。


「お兄ちゃん?暇?」

「ああ、めちゃくちゃ暇だ」

「じゃあちょっと付き合ってよ」

「いいけど、何に?」

「デート」

「誰の?」

「私とお兄ちゃん」

「いや、そういうのマジでいいから」

「先輩がいなくて寂しくて寂しくて仕方ないんでしょ?もう、仕方ないなぁ」

「うるさいよ!」

「だから、たまには私で息抜きしなよ」

「いや、そういうのマジでいいから」


 ウザ絡みしてくる妹が面倒くさい


「それで?本当の用事はなんなんだ?」

「なんかつまんない男だね」


 え?マジでウザいんだけど


「用がないならどっか行けよ」

「酷い…お母さーん!!お兄ちゃんがいじめるー!!」


 こいつ…俺になんの恨みがあるんだよ…


「分かったから。それで?」

「うん。分かればいいよ」


 思うところはあるけど、今はスルーだ


「それで?」

「えっと…お兄ちゃんは、七瀬先輩と付き合って、まだそんなに経ってないよね?」

「まあ、まだ一週間も経ってないかも」

「でも、前からよく一緒に出かけたり、勉強したりしてたんだよね?」

「…何が言いたい?」

「あの…私ね、実はけっこうモテるんだ」


 え?自慢?


「ごめん。俺はモテない」

「うん、知ってる」


 え?喧嘩売ってる?


「だからなんなんだよ!」

「その…告白されても、よく分からないの」

「何が?」

「好きなのかどうかが」

「それはお前がか?」

「う~ん…私自身はもちろんだけど、向こうの男の子も、なんで私のことが好きなのか分かんない」


 俺は経験ないから分からないけど、いきなりほぼ初対面で「好きです、付き合って下さい」とか言われても、そりゃ困るわな


「だからね、お兄ちゃん達はどうやってお互い好きになって、それで付き合うようになったの?」


 そう聞かれても、彼女が俺のどこを好きになってくれて、それから一緒に過ごしてきたのかなんて、俺には分からない


 思い返すと、なんとなくだけど、だいたいいつも彩香の方から声をかけてくれて、それでどこかに行ったり、一緒にいたような気がする


 …というか、いくら兄妹とはいえ、よく俺にそんなこと聞いてくるな。

 普通そんなの、女の子友達とかと話すもんじゃないの?


「友達とそういう話はしないのか?」

「するけど…私は、お兄ちゃんの話が聞きたいの」

「なんでさ」

「……好きだから…」

「何が?」

「私…お兄ちゃんのこと好きだから…」

「俺も好きだぞ。可愛い妹だからな」

「ありがと…」


 頬を染めて俯く咲希に、俺は少し戸惑ったけど、少し空気を変えたくて冗談っぽく言う


「昔は「お兄ちゃんと結婚する!」って言ってたもんな」


 俺は「そんなの忘れてよ!」とか言われて、「あはは、ごめんごめん」みたいな流れを想像してたのに、


「うん…少し前までは本気で思ってた…」

「え…」


 思ってたのと違う…え!?


「でもね、そんなの無理だし、それは分かってる。だからお兄ちゃんが先輩と仲良くなるのが、最初はちょっと悔しかったけど、でも嬉しかった」

「そ、そう…」

「だから、知りたいの。どうやって好きになったのか。どうやったら、お互い両想いになれるのか」


 少し頭が思考を放棄しそうになったけど、妹の気持ちに応えるためにも、俺はこれまで彼女と過ごした時間を、もう一度思い出していた




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「…まあまあ惚気けられた気がするけど、なんとなく分かった」

「くっ…!」

「要はどれだけ二人で過ごすか、かな」


 なんか違う気もするけど、もうそんなことはどうでもいい


「じゃ、じゃあ、もう話は終わったな?」

「うん。ありがとう」


 部屋を出て行く咲希を見送り、仰向けに寝転ぶ。そして、今話した内容を思い返すと、羞恥心で押し潰されそうになる


 同時に、それだけ彩香に想ってもらえてるのかなって感じて、それはもちろん嬉しかったんだけど、俺もそれに応えないといけないと思う



「帰って来たら、また一緒にいようね」


 俺は天井に向かって、一人そう呟いた





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