第95話 嫌だ(彩香side)


 少ししたらお母さんが迎えに来てくれて、初対面の遥くんは、挨拶からめちゃくちゃ緊張してるのが分かる


 お母さんはいつものゆるい感じで話してたけど、遥くんに名前で呼んでくれないの?とか言い出すし

 私だって…私だってつい最近、やっと名前で呼んでくれるようになってばっかりなのに、なんなのよ、この人は…


「ちょっとお母さん!」


 私がお母さんに言い寄っていると、彼はなんだかぼんやり私達を眺めてる。

 もう、本当に調子狂っちゃう


 でもお母さんも、ふざけてるようでもちゃんと考えてたみたいで、彼にお姉ちゃんのことで頭を下げ、改めてお礼を言っていた


 遥くんは恐縮してペコペコしてるけど、なんだか謝ってるみたいで可笑しい


「それじゃあ、うち来る?」


 え?お母さん?


 この雨はそれほど長くは続かないかもしれないけど、線路が倒木で塞がって、いつ電車が動くか分からないそう。


「だからうちで少し雨宿りして、天気が落ち着いたら車で送って行ってあげるから」

「いえ!そんなの悪いです。うちの親に連絡するから大丈夫です」

「それにこの子もその方がいいみたいだし。ね?彩香?」

「ちょ、ちょっとお母さん!」


 なんで私に振るのよ!


「何もお泊まりして?なんて言ってないんだから、大丈夫よ。ね?彩香?」

「だから私に振らないでよ!」


 なんなのよ…なんなのよ!この人は!

 そりゃあ、遥くんともう少し一緒にいられるのは嬉しいけど、お泊まりとか…そんなの急に言われても、まだ心の準備が…



 遥くんも家の人に連絡して、私のうちに来ることを許してもらえたようだったので、三人で車まで行き、私達母娘が前で、彼一人だけ後ろの座席に座って移動する


 本当は私も一緒に後ろに座るつもりだったけど、なんとなくお母さんに誘導されて、こうして助手席に座っている


「ねえ、彩香」

「え、お母さん?」

「大丈夫。外はこんなだから、大きな声出さければ、後ろの八神くんには聞こえないよ」

「うん…それで、なに?」

「思ってた通り、優しそうな子ね」

「…うん、優しいよ」

「もしかして、瑠香のことがあったから好きになったの?」


 きっかけはそうなのかもしれないけど、それは違う気がする


「たぶんそうじゃないと思う」

「そう。ならいいわ」

「え?」

「誰かのせいじゃなくて、あなたが見て、感じて、自分で決めたのならそれでいいの」

「うん…」


 お母さんはニッコリ微笑むと、そのまま車を走らせ、私達は家に向かった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 家に着き、リビングに入ってからも遥くんはまだ緊張してるみたい。

 仕方ないよね。初めてくる家だし、私だけじゃなくてお母さんもいるし、私がその立場でもそうなるよ


「じゃ、何か飲み物用意するから、その辺でゆっくりしててね」

「はい。ありがとうございます」

「もう、相変わらず固いわね」

「お母さん、すみません…」

「あら、お義母さんだなんて…」

「え…」

「もう!お母さん!」


 全く、油断も隙もない

 更に焦らせてどうするのよ



 キッチンでお母さんには注意しておく


「もう、揶揄うとか酷いよ」

「そういうつもりじゃなかったの、ごめんね。緊張してるふうだったし、和んでくれるかなぁ、って思って」


 まあそれも分かるけど…

 それに…ああいうのは私も照れるから…


「あなたも満更でもなさそうだったし?」

「っ…!だ、だから…!」

「ほらほら、あんまり待たせると気の毒よ」


 さすがお母さんだ。掌の上で、私たち二人は転がされてる感じがする



 飲み物とちょっとしたお菓子をトレーに乗せ、遥くんのところへ



「それで?いつから付き合ってるの?」


 え?いきなりそれ?

 しかも遥くんも遥くんで、照れくさそうにしながらも普通に答えてるし。

 でも、お母さんと彼が仲良くなるのは、悪いことじゃないはず。


 まあいいか、と思って油断していると、


「この子、もうデレデレなんだけど、ちゃんと彼女してる?」

「ちょ、何言い出してんの!?」


 急に矛先がこっちに向いてビックリした。

 自分の親じゃなかったら掴みかかってたかもしれない。

 しかもその後、遥くんまでデレるし、私にはダメージが大き過ぎる


「…もういいってば…」


 遥くんは楽しそうにしてるから、それに誕生日だし、もういいよ…


「ふふ…」

「ん?八神くん、どうかした?」

「初めて話した時、瑠香さんのことで話してたと思うんですけど、」

「うんうん」

「ちょっと、遥くん…」


 もう余計なことは言わなくていいよ…


「凄いお姉さん想いでいい子だな、って」

「そうね。この子たち仲良かったから」

「「お姉ちゃんのこと幸せにしてあげて!」みたいなことも言われましたよ」

「ちょ、ちょっと、何思い出してんのよ…」


 あの時はまだお姉ちゃん達は付き合ってなかったし、もしそのつもりがあるんだったらって思ったのは事実だけど、


「でも、八神くんがお姉ちゃんを幸せにしちゃったら、困るんじゃない?」

「困る…」

「うんうん、そうよね」

「ごめん、つい話しちゃって…」

「困る…私じゃないと、やだ…」


 もう今は、私じゃないと嫌だ


 本当は、彼が他の女の子と話すのも嫌

 その笑顔も、他の子に向けられるのは嫌

 私だけ見てくれないと嫌…


 …でもこれ、重い…よね…


 それは分かってる。

 だからこんなこと、遥くんには言わないし、言えない



「そうだ。少し片付け物があったの。彩香?八神くんとお部屋で待っててもらえる?」

「え、うん…」



 私は部屋のある二階に上がろうとしたけど、後ろでお母さんと遥くんが何か話してるふうだったので振り返ると、彼は顔を赤くして固まっている。


 一体どうしたんだろう…




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