第94話 止め
「は、はじめまして…八神遥斗です…」
「あら、そんなに畏まらなくてもいいのに。ふふ、はじめまして、こちらこそ彩香がお世話になってます。母親の香織です」
「はい…彩香さんのお母さん…」
「香織さんって呼んでくれないの?」
「ちょっとお母さん!」
優しそうでふわっとした感じのお母さんだけど、うん、そういう感じですか
でもさすがこの姉妹のお母さん。めちゃくちゃ綺麗でしかも若い。うちの親と違う
「美人すげー」なんて思いながら、目の前で繰り広げられる親子劇場を、他人事のように眺めていた
「でも八神くんには一度会いたかったし、これも彩香のおかげね」
「え?なんで私?」
「だって、あなたが八神くんとお付き合いしてくれたおかげで、こうして直接あってお礼を言えるんだから。八神くん、瑠香のこと、本当にありがとう」
あ、やっぱりもう付き合ってるの知ってますよね?
それより、深々と頭を下げお礼を伝えてくれるお母さんに、こちらの方が焦ってしまう
「いえ!俺はそんな大したことは… 」
「でも、私も主人も、そしてあの子も、あなたには感謝してるわ」
「はい…分かりました。もう顔を上げて下さい。お願いします」
「それじゃあ、うち来る?」
「はい?」
ちなみにこの「うち来る?」と聞いてきたのは、彩香じゃなくてお母さんの方だ
「いえ、俺はここで電車待ってますから、彩香さんと一緒におうちの方に…」
「八神くん…この雨で線路に倒木があるらしくて、雨が止んでも暫くは電車、動かないと思うの」
「そうなんですか…」
それは知らなかった。
じゃあ俺も家に連絡して迎えに来てもらおうかな、と考えていると、
「だからうちで少し雨宿りして、天気が落ち着いたら車で送って行ってあげるから」
「いえ!そんなの悪いです。うちの親に連絡するから大丈夫です」
「それにこの子もその方がいいみたいだし。ね?彩香?」
「ちょ、ちょっとお母さん!」
「何もお泊まりして?なんて言ってないんだから、大丈夫よ。ね?彩香?」
「だから私に振らないでよ!」
お母さんは楽しそうで、それに対して彩香は怒ってるっぽいけど、こころなしか少しニヤついてる
それよりこの母娘のやり取り、地味に俺のライフ削ってくるんだけど
俺はとりあえず家に連絡して、だいたいの事情を母さんに説明すると「ちょっと電話代わりなさい!」とキレられた。理不尽だ
お母さんにスマホを渡し、話してる言葉からなんとなくどういう成り行きになるかは想像出来た
母さんは最後、スマホの向こうで「くれぐれも粗相のないように!何かあったらお小遣いなしだからね!」と言い、通話を終えた
「えっと…じゃあ、お願いします…」
「ふふ、楽しみだわ」
「もう…お母さんってば…」
こうしてお母さんの運転する車で、彼女の家に向かうことになったのだった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
彼女の家は想像していたよりも大きくて、しかもガレージから直接家の中に入れることに、ちょっと感動する。
うちだったら車で帰って来ても、玄関に辿り着く前にビショ濡れだったな
「じゃ、何か飲み物用意するから、その辺でゆっくりしててね」
「はい。ありがとうございます」
「もう、相変わらず固いわね」
「お母さん、すみません…」
「あら、お義母さんだなんて…」
「え…」
たぶん違うよ?そっちじゃないよ?
もう!なんて呼べばいいんだよ!
でもこれ、たぶんわざとだろうな。
こうやって俺があたふたするのを楽しんでるのと、そうやってフランクに接することで、俺の緊張をほぐそうとしてくれてるのと両方だろう
「もう!」と言ってお母さんに付いて行く彩香だけど、チラッとこちらを見ると、顔を赤くして急いで出て行ってしまった
あの…一人にされると困ります…
あまりキョロキョロしないよう、俯いてじっと待っていると、二人は戻って来てくれた
どうやらお父さんは仕事らしく、この天気なので帰りは少し遅くなりそうとのこと。
瑠香さんも優一さん、あ、優一さんというのは彼氏さんの名前で、たぶん一緒にいるから大丈夫と教えてくれた
というわけで、この家には俺達三人なのだけど、彩香のお母さんは緊張する俺に気を使って話しかけてくれる。でも、
「それで?いつから付き合ってるの?」
「えっと、この前海に行った時から…」
「じゃあつい三日前じゃない」
「はい」
「この子、もうデレデレなんだけど、ちゃんと彼女してる?」
「ちょ、何言い出してんの!?」
ノリが若いな。
よく分かんないけどさすがだと思った
「よく一緒に勉強して教えてもらったりもしてますし、優しいですよ」
「学校でも?」
「そうですね。最初思ってたイメージと違って、一緒にいて楽しいです」
「あらあら」と楽しそうなお母さんの隣で、「くっ…!」と真っ赤になってる彩香。
後が怖いからこれくらいにしておこう…
「イメージと違って、っていうのは、今の素のこの子がいい、ってことよね?」
「そうなりますかね」
「だそうよ?」
「…もういいってば…」
そういえば、初めて話した時は瑠香さんのこともあって、ちょっと怖かったよな。
それがいつの間にか彼女だなんて、あの頃からは想像も出来なかった
確かあの時…
「ふふ…」
「ん?八神くん、どうかした?」
「初めて話した時、瑠香さんのことで話してたと思うんですけど、」
「うんうん」
「ちょっと、遥くん…」
「凄いお姉さん想いでいい子だな、って」
「そうね。この子たち仲良かったから」
「「お姉ちゃんのこと幸せにしてあげて!」みたいなことも言われましたよ」
「ちょ、ちょっと、何思い出してんのよ…」
「彩香、そんなこと言ったの?」
「うぅ…言ったかも…」
少し涙目で俺を睨んでくる彩香。
ごめん、余計なことまで話しちゃったかも
「でも、八神くんがお姉ちゃんを幸せにしちゃったら、困るんじゃない?」と、悪戯っぽくお母さんが彩香に振ると、
「困る…」
「うんうん、そうよね」
「ごめん、つい話しちゃって…」
「困る…私じゃないと、やだ…」
「あらあら」と楽しそうなお母さんは置いといて、この場でこれは照れる。
なんて言って返せばいいのか分からない
「そうだ。少し片付け物があったの。彩香?八神くんとお部屋で待っててもらえる?」
「え、うん…」
二人でリビングを出ようとしたら、俺にだけ聞こえるように、お母さんは耳元で囁いた
『ごめんなさいね。あの子のこと、うまくフォローしてもらえる?』
『俺ですか?』
『大丈夫。八神くんにしか出来ないから』
そうは言われても、初めてお邪魔した家で、しかも初めての彼女の、そして初めての女の子の部屋だなんて…荷が重くないか…?
そして最後に、俺は止めを刺される
『でも、キスより先はまだ駄目だからね?』
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