第93話 まだ終わっていない(彩香side)
さっき乗ってきた電車にまた乗り、いつもの駅に向かって進んでいく
こうして二人で電車に乗るのは初めてじゃなかったけど、夏休みのお昼時だからなのか、席は空いてなくて、吊革に掴まり立っている私達。
車窓から見えるいつもの景色も、制服じゃないからなのか、それとも彼と一緒にいるからなのか、なんとなく違って見えて新鮮だ
すぐに私の最寄り駅に着いて、あのお店に向かって歩いて行くけど、こうして指を絡ませて繋がれた手も、なんだか当たり前になってしまった気がして、少し残念。
でも私が少し手に力を込めると、キュッと握り返してくれるのは相変わらず嬉しくて、顔が綻ぶのが分かる
その顔を彼に見られるのが恥ずかしくて、目線を斜め前に向けると、向こうから3才くらいの女の子を真ん中に、その子の両手を若いお父さんとお母さんが左右から握って、楽しそうに話しながら歩いてくる
そんな幸せそうな家族を見ちゃったら、どうしても自分達に当てはめて、その情景を思い浮かべてしまうのは仕方ないと思うの
もちろん私達がこの先、そこまで辿り着けるかどうかなんて分からない。いくら遥くんのことが大好きでも、それくらいは私でも理解してる。
でも、隣を歩いてくれるこの人と、いつかああいうふうに…
ほどなくしてお店が見えて来たので、「ここだよ」と声をかける
「なんだか老舗、って感じだね」
「どうなんだろう。私が幼稚園の頃にはもうあったと思うけど」
小さい頃は、さっきの家族みたいに、うちの場合はお姉ちゃんもいたから四人だったけど、ああいうふうに見られてたのかな
「子供の頃に来てたの?」
「そうね。最近は来てなかったから、久しぶりに食べたくなったの」
「分かった。入ろうか」
遥くんは少しワクワクしてる様子で、なんとなく子供っぽく見える。もちろん、それはそれで可愛くて好きなんだけど
私が前に食べて美味しかったと記憶にあるメニューを彼に伝え、遥くんもそれでいいよと言ってくれたから、ハンバーグとオムライスをそれぞれ注文した
遥くんはお冷を一気に飲んじゃって、たぶん部活してそれからここまで歩いて、喉乾いてたんだね
「どうぞ」
「ありがとう」
いつもと違って向かい側に座ってるけど、今はなんだかお姉さん気分なのかな?
こうしてお世話してる感じがするのが、なんだか無性に嬉しい
しばらくして持ってきてくれた料理も、一口食べるとその頃のことが蘇るようで、もちろん美味しいんだけど、それ以外にも、私の心を弾ませてくれるようだった
隣にくっついて遥くんに甘えるのも好きだけど、こうして落ち着いて、彼と一緒の時間を過ごすのもいいな
「いいお店だね。料理も美味しかったし、連れて来てくれてありがとう」
「気に入ってくれたならよかった。私こそ、一緒に来てくれてありがとう」
遥くんも満足してくれたみたいだし、ここに来てやっぱりよかった
少しほっこりして、二人で話しながら飲み物を飲んでいたんだけど、気のせいか…いやこれは、気のせいじゃないな…
遥くんがずっと、ずっと私の方を柔らかい表情で見てて…
もちろん私と二人で来てるし、他に話す人もいないだろうから当たり前だけど、そんなにずっと見られると…
「あ、あの…見すぎだよ…」
「え?」
「ちょっと困るというか…」
熱い…
まるで視線に焼かれるような感覚に陥る
「ごめん、そんなに見てた?」
「まあ…私的には…」
「なんだか久しぶりにこうして顔見れた気がして、嬉しくなってたんだと思う」
「もう…それならいい…」
ダメだ…せっかくまったりといい雰囲気だったと思ってたのに、私はくっつきたくて仕方がなくなる。
そんな優しい笑顔で、急にデレてくるとか本当にずるい
「そろそろ行こうか」
「う、うん…」
やっぱりまだ彼には敵わないみたいだと思う私だった
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
駅前に戻り、ショッピングモールの中の雑貨屋さんを見て回る。
そう。今日は遥くんの誕生日で、スマホケースをプレゼントしてあげる話だったのだ
二人で色々見てみたけど、遥くんは透明のカバーが気になる様子。
(透明だと、お揃いにならないよ…)
私はシャープペンの時のように、またお揃いにしたいと思ってたけど、彼がそっちがいいなら、遥くんへのプレゼントなんだし、欲しいのを選んであげるのがいいんだけど…
(こっちの、綺麗なのにな…)
でも、やっぱり遥くんへのプレゼントなんだから、と思って、それに決めようとしたところに、
「彩香はそれがいいの?」
「え?」
「何色がいいの?」
私が綺麗だと思って見ていたケースを、遥くんも見て聞いてきてくれるけど、
「私は別に…」
「俺、その中だとネイビーがいい」
「え…」
「彩香は?」
「私は…私も、同じかな…」
「それに決めてもいい?」
「え?」
え?いいの?本当に?
「うん。そっちの方が好き」
「あの…私も…」
「ありがとう。いいの見つけてくれて」
「遥くん…」
嬉しそうだし、無理してる感じはしない。
それだったら、私も買ってもいいかな…
「彩香も買う?そしたら、またお揃いに出来るね」
「いいの?」
「うん。その方が嬉しいかな」
「ありがとう!」
こういう時は、本当によく私のことを見てくれてる。
やっぱり私…遥くんでよかった…
お店を出て、二人で一緒に新しいケースにスマホを入れて、お揃いで並んでるのを見るとやっぱり嬉しくなる
「えへへ」
「彩香の方が嬉しそうだね」
「そりゃ、まあ…」
そんなの嬉しいに決まってるよ!
遥くんだってちょっとニヤけてるくせに…
まあ、私も満足したし、今日は遥くんの誕生日だから、許してあげる
その後一緒にショッピングモールの中を散策して、もうそろそろ遥くん帰る時間になるかな、と思っていた時、建物の中なのに、急に「ゴゴォ」というような音が響いてきた
なになに?と少し焦っていると、私のスマホが鳴ったので、見ると着信はお母さんからだった。
話を聞いてみると、たぶんゲリラ豪雨というやつで、外は凄いことになってるらしい
とりあえず私達は出入口の方に歩いて行くけど、どんどん音は大きくなっていく。
「これ…どうしよっか」
遥くんは「あはは…」と少し困ったふうに笑ってるけど、お母さんからのLineでは電車も止まってしまったらしく、迎えに行こうか?とメッセージが入っていた
「お母さんがね、迎えに行こうか、って…」
「うん…え?ああ、そうだね。彩香はその方がいいよ」
「それでね…遥くんはどうする?」
「もう少しここで待って、落ち着いた頃に帰ろうかな」
「あのね…今、電車、止まってるって…」
「え…?」
もうここでお別れだと思っていたのに、二人で過ごした彼の誕生日は、まだ終わっていないようだった
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