第92話 まだ続く


 電車に乗り、二駅行った所で降りる。

 駅前にはショッピングモールがあったけど、彼女の案内で歩いて行くと、たまにコンビニや個人商店があるくらいで、そこはもう閑静な住宅街だった


 彩香の好きなお店があると聞いてたけど、本当にこの辺りに食べ物屋さんなんてあるんだろうか。

 周りを気にしながら、俺はそれっぽいお店を探しながら歩いていると、小さな看板を出した、町の洋食屋さんといった感じのお店が見える


「ここだよ」


 外観は昔ながらのといった感じで、たぶんここ美味しいんだろうな、と思わせる雰囲気があった


「なんだか老舗、って感じだね」

「どうなんだろう。私が幼稚園の頃にはもうあったと思うけど」

「子供の頃に来てたの?」

「そうね。最近は来てなかったから、久しぶりに食べたくなったの」

「分かった。入ろうか」


 席に着き、お勧めだと言うので、俺はハンバーグランチ、彩香はオムライスを注文して、お冷を口にする。

 そんなに距離を歩いたわけでもなかったけど、この季節、炎天下の中だとやっぱり喉が渇くし、急いで家を出て来た俺は、すぐ飲み干してしまう


「どうぞ」

「ありがとう」


 テーブルに置かれたピッチャーから水を注いでくれて、「ふふ」と微笑む彼女。


 少しして出てきた料理も、二人で他愛ない話をしながら楽しく食べ、もちろん一口ずつ交換して、美味しくてお互いに満足する。


 付き合うようになってここ何日かは、こういう時はいつも隣に座って、まあ、ベタベタくっついてる感じだったと思うけど、今は向かい側に座っているからしっかりとその整った顔立ちを見ることができ、優しく微笑まれると今更ながら少し緊張して、ドキドキしてしまう。

 でも、食後のドリンクを飲みながらこうしていると、ゆったり時間が流れているようで、なんだか心地いい


「いいお店だね。料理も美味しかったし、連れて来てくれてありがとう」

「気に入ってくれたならよかった。私こそ、一緒に来てくれてありがとう」


 なんか、こういう落ち着いた感じ、いいな


 なんとなく、大人になったような気分になりつつ、向かいに座る彼女を見ていると、やっぱり綺麗で、この子と付き合ってるんだなと思うと、もちろん嬉しいんだけど、少し不安になる自分もいる


(本当に俺でいいのかな…)


「あ、あの…見すぎだよ…」

「え?」

「ちょっと困るというか…」


 そう言って、恥ずかしそうに俯いてしまったけど、そんなにずっと見てたのかな


「ごめん、そんなに見てた?」

「まあ…私的には…」

「なんだか久しぶりにこうして顔見れた気がして、嬉しくなってたんだと思う」

「もう…それならいい…」


 顔を背けながらも、口元はちょっとによによして嬉しそうな彩香に、俺がさっき感じた不安も、どこかに行ってしまう。

 それと同時に、つまらない事を考えてしまった自分が情けなくなる


「そろそろ行こうか」

「う、うん…」


 まだ照れてる様子の彼女と店を出て、駅の方に向かって歩いて行く


「駅前にあったショッピングモール? 」

「うん。この辺りだと、お買い物するならあそこくらいしかないから」

「へえ、詳しいね」

「え?」

「いや、この辺り詳しいんだ」

「そりゃ地元だから」


 さも当然といった感じでそう言われたけど、少し考えたら分かることだった。

 そっか。この町が彩香の生まれ育った場所なんだな


「じゃあ、家もこの辺りなの?」

「うん。少し歩くけど、そんなに遠くないかな。学校に行く時も、駅まで歩いてるし」

「そうだったんだ」



 そして駅まで戻り、ショッピングモールの中の雑貨屋さんで、スマホケースやカバーを見てみることに


 二人でこれがいいかな、でもこっちもいいね、と悩んでいると、ワンポイントだけ入った透明のカバーが目に付いた


「これカッコいいかも」

「どれどれ?あ、これ?」

「うん」

「でも…」

「どうかした?」

「遥くんは、これがいいの?」

「今見た中だとそうなるかな」

「そう…」


 なんとなく…うん、分かりやすく残念そうにしてるな。

 なんでだろう。俺のスマホ用なんだよな?

 …ん?

 もしかして…


「彩香はそれがいいの?」

「え?」


 彼女は少し離れた所に掛けられた、何種類か色違いのあるケースの方をチラチラ見ていた。定番の黒が人気っぽかったけど、その中のネイビーは深みもあって明る過ぎず、さっき見てた透明のカバーより、シックで良さそうに見えた


「何色がいいの?」

「私は別に…」

「俺、その中だとネイビーがいい」

「え…」

「彩香は?」

「私は…私も、同じかな…」

「それに決めてもいい?」

「え?」

「うん。そっちの方が好き」

「あの…私も…」

「ありがとう。いいの見つけてくれて」

「遥くん…」


 何か言いたそうにしてるけど、これ、どうしようって迷ってる感じだ。たぶん…


「彩香も買う?そしたら、またお揃いに出来るね」

「いいの?」

「うん。その方が嬉しいかな」

「ありがとう!」


 満面の笑み、ってこういうのを指すのかな


 自分で言っておいて照れくさくなるけど、そんな顔されたら、もうなんでもしてあげたくなっちゃうよ



 会計を済ませた彼女に「じゃあ、お誕生日おめでとう」と言って渡してもらい、その場で二人して新しいケースにスマホを納める


「えへへ」

「彩香の方が嬉しそうだね」

「そりゃ、まあ…」


相変わらず彼女はデレてるけど、たぶん俺もそんなふうになってるのかも




 それから少し館内をブラついて、そろそろ6時になるし、帰るのがいいかな、と思い始めた時、急に館内に轟音が、たぶん物凄い雨の音だと思う


 すると彼女のスマホが鳴る


「あ、お母さんだ…ちょっとごめん」

「うん」


「もしもし?うん、うん…え?そうなの?うん…今駅前の…うん…分かった」

「どうかしたの?」

「遥くん…あのね、今、外…」


 連れられて入口付近に向かって歩いて行くと、音がどんどん大きくなっていく


「これ…どうしよっか」


 これ、ゲリラ豪雨ってやつかな。あんなに天気良かったのに、建物の中にいたから気付かなかった


「遥くん…」

「うん」

「お母さんがね、迎えに行こうか、って…」

「うん…え?ああ、そうだね。彩香はその方がいいよ」

「それでね…遥くんはどうする?」

「もう少しここで待って、落ち着いた頃に帰ろうかな」

「あのね…今、電車、止まってるって…」

「え…?」



 午後から二人で楽しい時間を過ごしたと思っていたのに、今日という日は、まだもう少し続くらしい





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