第91話 彼の誕生日(彩香side)


 翌日もその次の日も、私達は二人で一緒に過ごしていた。

 もちろんただ遊んでたんじゃなくて、午前中は図書館で勉強して、お昼を食べたらまた図書館に戻って続きを。そして夕方には家に帰る、というふうに、やる時はやる、遊ぶ時は遊ぶと、メリハリを付けた方がいいと二人で話して、お互いに納得してそうなった


 私としては、隣にいられるだけでも嬉しいし、彼も勉強してる時は、ちょっと辛そうな顔したりもするけど、それでもずっと優しい目で見てくれる


 お盆は会えなくなるし、それはもちろん寂しいけれど、母親の実家に帰省すると話した時、遥くんもちょっと残念そうな顔してくれて、同じように感じてくれてるんだって思ったら、ちょっぴり嬉しくなった


 そうこうしてるうちに日付が変わって、彼の誕生日の10日になったので、私はすぐにLineで『遥くん。誕生日おめでとう』とメッセージを送る。

 本当は電話したかったけど、そこは時間も時間だったから、私も自重した。


 午前中は部活だと言ってたから、会うのは終わってから。駅前で待ち合わせして、それからごはん食べに行って、スマホカバー一緒に見に行くんだ


 ああ、楽しみ。早く明日にならないかな


 あ…もう日付変わってたっけ





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 朝起きて少しすると彼からLineが


『ありがとう。また後でね』


 これから部活行くんだね。遥くん、行ってらっしゃい。

 私、待ってるからね




 そこまではよかったんだけど、たかだか三時間くらいなのに、やたら長く感じる


 海に行った日からずっと、ほとんど一日中彼と一緒にいたから、こうして隣にいられないのがもどかしく感じてしまう


 机に向かっても、頭の中は遥くんの事ばかりで、思うように捗らないし、気が付けばため息がこぼれてる


 私、どうしちゃったんだろ…



 その時、「コンコン」と扉をノックされ、


「彩香、いる?」

「あ、お母さん、うん」


 部屋に入って来るなり、私を見てクスクスと笑うので、


「え…なんで?」

「ごめんね、だって、そんなふうなあなたを見るのが、なんだか新鮮で」

「どうしてそういう話になるの?」

「だって、いつも真面目で、私やお父さんが何も言わなくてもいい子にしてて、たぶん学校でもそうだったんでしょ?」

「そ、そうかな…」

「でも、今は女の子らしくて可愛いわよ」

「え!?」

「最近はよく学校の話もしてくれるし、本当、八神くんには感謝してるわ」

「だから…どうしてそうなるのよ…」

「瑠香のことはもちろんだけど、彩香もこうして普通の女の子にしてもらって、お母さんは嬉しいわよ?」

「うっ…」


 自分では自覚なかったけど、言われてみれば学校の、クラスの友達のことも家で話す機会は増えていたかも。

 そもそも、一年の頃は友達だと思える人があまりいなかった。

 でも、二年に上がってからはクラスも変わり、夏希ちゃん以外にも自分を偽らないで話せる、友達だと思える人が出来たのは間違いない


「で?今日も出かけるんでしょ?」

「うん。今日は遥くんの誕生日なの。でも午前中は部活で…」

「そう。それでそんなふうになってたんだ」


 自分でも分かってたけど、まるで恋焦がれるような姿を親に見られたことは、いくらなんでも恥ずかし過ぎる


「お母さんね、娘と恋バナするのが夢だったの。瑠香はもう大丈夫そうだし、彩香もいつか、お母さんに話してね」

「もう…」


 私達姉妹のことを心配してくれてたのは知っていた。お姉ちゃんはあんな目に遭ってしまったし、私は私で、学校では周りと距離を置き、優等生を演じていた


「ほら、そろそろいい時間じゃないの?」

「あ、本当だ」

「気を付けてね」

「うん。お母さん、ありがとう」




 お母さんは笑顔で送り出してくれて、私は家を出て歩いて行く。

 途中、よく家族で行った洋食屋さんの前を通り、たぶんお母さんと話したからだろうか、子供の頃、家族みんなでテーブルを囲み、楽しくおしゃべりしながら、美味しいごはんを食べた記憶が蘇ってくる


(遥くんと、ここ…来たいな…)



 そんなことを思いながら、電車に乗って少しして、彼から「今から出るから」とLineが


 そこからいつも通学で降りる駅に着き、急いで外に出て周りを見渡しても、まだ彼は着いてない様子。

 いつもはこうして待ってる間も、遥くんのことを思いながら、ワクワクするようなそんな気持ちだったのに、今日に限って早く会いたくて仕方がない。


 チラチラ時計を見ながら、たぶん実際には5分も待ってないくらいで「お待たせ」と言う遥くんの声が聞こえた


「うん…私、ちゃんと待ってたよ…」


 少し前まで部活して、たぶん着替えてから向かってくれたと思う。だから少しくらい遅れても別に遥くんが悪いわけじゃないし、今日は彼の誕生日なんだから、私が彼をお祝いしてあげないといけないのに、朝からずっと、ずっとこの時を待ってたから…


 私は無意識に遥くんの腕をギュっと抱き締めていた。彼の温もりを確かめるように…


「え…ごめんね…」

「ううん…」

「じゃあ、まずお昼食べに行こうか」


 その時、ここに来る前に思ってた、あのお店に一緒に行ってみたいと思い、遥くんに聞いてみると、


「そうだったんだ。それなら全然いいよ。むしろ教えてくれて嬉しいよ」

「でも、電車に乗るけど、いい?」


 部活もしてお腹減ってるよね。私…わがまま言ってるかもしれない…


 私が不安に思ってると、そんな気持ちを察してくれたように、笑顔で「いいよ。連れてってよ」って言ってくれる彼


 遥くんは私が望んだ言葉をいつもくれる。

 どうして分かるんだろう。

 もう…どうしてこんなに優しいんだろう…





 彼の腕を引っ張って、また駅の中へ向かう


 いつもいつもありがとう。

 今日はいっぱいお祝いしてあげるからね





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