第90話 誕生日


『遥くん。誕生日おめでとう』


 朝起きてスマホを見ると、彩香からメッセージが届いていた。

 しかもその時間は、今日に日付が変わってすぐで、わざわざその瞬間に送ってくれてることに、胸が熱くなるように感じる


 今まで彼女がいたこともなかったし、当日にわざわざこうしてメッセージをもらうようなことも、久しくなかった


『ありがとう。また後でね』


 朝から少し照れくさくなりつつも、適当に支度を終えて家を出る。

 今日は午前中は部活があるため、奏汰と落ち合って、いつものように一緒に登校する


「おはよ」

「遥斗、おはよう。今日誕生日だね、17才おめでとう」

「ああ、ありがとう」

「午後からはどうするの?」

「うん。もう約束してるから」

「七瀬さんと?」

「うん」

「本当によかったね」


 何かと世話を焼いてくれた奏汰には、この前から彼女と付き合うようになったとは伝えていた


「それで?どう?」

「どう…っていうのは?」

「七瀬さん、何か変わったふうじゃない?」


 昨日と一昨日も、二人で一緒に勉強していた。お互いに前よりも気兼ねなく誘えるようになり、一緒にいる時間は増えることになるとは思うけど、何か変わったか、と聞かれても、特に思い当たることはない


「前のまんまだと思うけど」

「そうなの?くっついたり、ちょっと甘えて来たりとかしないの?」

「ん?」

「え?」


 そんなの前からじゃない?昨日も図書館でずっと隣に座って嬉しそうにしてたし、カフェに入った時も隣でずっと楽しそうに話してくれてたし、駅で別れる時も名残惜しそうにずっと手を離さないで、時間ギリギリまで一緒にいたし、でもそれは前からそうだったし、特に変わってないと思うけど


 だいたいそのまま奏汰に話すと、


「…ごめん、俺が悪かった…」

「なにが?」

「いや、そこまでだとは知らなかったし、うん、もういいよ…お腹いっぱい…」


 うん。付き合うようになっても、二人でいる時はそこまで変わってないと思う。強いて言えばお互いの呼び方が変わったくらいか。

 でもこれは恥ずかしいから黙っていよう


「よく分かんないけど、早く行こうぜ」

「うん」



 いつも通りに体育館で汗を流し、11時過ぎには解散となった


 練習着から着替え、一人で学校を出たタイミングで一度スマホを確認すると、『部活お疲れ様。12時に駅前だよ?』と彩香からLineが来ていた


 こういうやり取り一つ一つが全て可愛らしく見えるし、嬉しく感じる


 早足で家に向かい、汗で少しベトベトになってたから軽くシャワーを浴びてから、『今から出るから』とLineして、駅に向かう


 時間的にも問題なく間に合いそうだし、なんとなく辺りを眺めながら歩いて行くと、この月末に予定されてる花火大会のポスターも目に止まる


 これからお盆に入るけど、期間中、彩香はお母さんの実家に一緒に帰省するらしい。それが明ければ模試や補習、それから文化祭の準備も始まって忙しくなるだろう。

 今はまだこうしてある程度時間に余裕もあるけど、これからそうはいかなくなるかもしれない


(でも、花火は一緒に見たいな)


 一緒に花火見に行くとか、いかにもカップルっぽいというか、憧れというか…

 俺の勝手な思い込みかもしれないけど、実際にそういうふうに思っていた




 駅に着くと彩香は先に来て待ってくれていたので、「お待たせ」と声をかける


「うん…私、ちゃんと待ってたよ…」


 そう言って俺の手を引くと、ギュっと腕にくっついてくる


「え…ごめんね…」

「ううん…」


 なんとなく、いつもと違う。

 いつもなら「私もさっき来たから大丈夫」と言ってニコニコ笑ってるか、「はぅ…」ってなって顔赤くしてるかだったのに。

 今日は少し悲しそうな?拗ねてるような、でも嬉しそうな…うん、ちょっと分かんない


「じゃあ、まずお昼食べに行こうか」


 俺は部活やってお腹も減ってたし、時間的にも丁度いいと思ってそう言うと、


「あのね…」

「うん?」


 ずっと俺にくっついてる彼女は、俺の顔を少し不安そうに覗き込みながら訊ねてくる


「今すぐごはん食べたい?」

「まあお腹は減ってるけど、どうしたの?」

「私ね、好きなお店があって、遥くんとそこに一緒に行きたいんだけど…」

「そうだったんだ。それなら全然いいよ。むしろ教えてくれて嬉しいよ」

「でも、電車に乗るけど、いい?」


 そっか。それでちょっと心配してたんだな


「いいよ。連れてってよ」

「うん!」


 さっきまで不安そうにしてたのに、パァっとその表情を明るくさせ、俺の腕に更に強くしがみつくと、


「じゃあ、行こう!」

「うん、引っ張らなくても、分かったから」



 グイグイと腕を引き、嬉しそうな彼女のその笑顔に、俺も一緒になって嬉しくなる


 こうして彼女と過ごす、俺の初めての誕生日が始まった





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