第89話 おやすみなさい(彩香side)


「彩香。おかえり」

「ただいま。お姉ちゃん」

「…何かいいことでもあったの?」

「ん?べっつにー」

「ふ~ん。怖いくらいニヤついてるけど、まあいいわ」

「え!」

「あらあら。自覚なしでそのままその顔で帰って来たのね」

「え…」


 私、そんなにニヤついてんだ…


「ところで、海、どうだった?」

「う、うん…楽しかったよ」

「私は今度プール行こうかな」

「ああ、それもいいね」

「でも、遊ぶのはいいけど、その分ちゃんと勉強もね。お父さんがちょっと心配してるみたいだから」

「あ…うん、分かってる」


 疎かにしてたつもりはないけど、これまでよりは家を出て、外で遥くんと会ってる時間が増えてるから、そう思うかもしれない


「また模試もあるから、遥くんと一緒に勉強するね」

「え?…はる…くん…?」

「あ…」

「ふーん。遥くんねぇ…」

「いや、これには理由があって…」

「その理由、聞かせてもらおっか」


 楽しそうなお姉ちゃんに問い詰められ、今日のことをだいたい話したんだけど、話してるとその時のことを思い出して来ちゃって、ついつい表情も緩んでしまう


「えへへ…」

「…うん、まあその気持ちは分かるよ…」

「でしょでしょ!」

「私もこんな時があったのかしら…。ちょっと恥ずかしくなるね」


 遠回しにディスられてる気がする


「お姉ちゃんだって私に色々見せてきたじゃない。今さらだよ」

「ごめん…自重するから、もう許して…」


 お姉ちゃんもあんな事があったっていうのに、今こうして普通に彼氏もでき、楽しそうに過ごせてるのは、全部遥くんのおかげなんだな、って思うと、やっぱり彼は凄い人だなと実感する。

 そして、そんな彼と付き合えるようになったことが、本当に嬉しい


「じゃ、お風呂入ったらごはんにしようか」

「分かった」




 夕飯の席で、私はお父さんとお母さんにも、彼と付き合うことになったと報告した


「そう。いつかはそうなると思ったけど」

「八神くんは全然知らない子というわけじゃないし、節度あるお付き合いが出来るなら、まあ…」

「あら、お父さん、寂しそうね」

「そ、そんなことないぞ!」

「私も彩香も、まだお嫁に行くわけじゃないんだから心配しないでよ」



(お嫁に…行く…)


 お姉ちゃんがたぶん何気なく言ったその言葉に、妙に反応して顔が熱くなる私だった





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 自室に入りベッドに寝転がると、今日一日の心地よい疲労感に襲われ、少し眠気がやってくる中、今日のことを思い返していた


 今日は楽しかった。

 二人っきりで少し遠出して、ビキニはちょっと恥ずかしかったけど、でもいっぱいくっついて、何より、やっと告白してもらって付き合うことになったのだ


『七瀬さんのことが…好きです』


 緊張なのか照れからなのか顔を赤くして、それでも私の目を真っ直ぐ見て、そう伝えてくれた彼。

 あの情景を思い出すだけで、また彼への想いが込み上げてくる


(遥くん…会いたいよ…)


 ほんの数時間前まで一緒にいたっていうのに、私もよっぽどだ


(今会えなくても、話すくらいなら…)


 私はスマホを手に取り、彼にLineで電話し、呼び出し中のメロディを聴きながら「もう寝ちゃった?」「それともお風呂かな?」なんて思えるのもまた嬉しい。

 メロディが途切れ、通話になると


「もしもし、遥くん?」

『う、うん…』


 あ…これだけでもなんだか安心する


「もうおうちに着いて、落ち着いた頃かなって思って』

『そうだね、ちょうどそんな感じだったよ。ところで、どうかした?』

「あのね…声が聞きたくなって…」


 やっと彼女になれたんだし、これくらいのわがままなら許してもらえるよね…?


『え、えっと…ありがとう?』

「ふふ。もう、なによ、それ」


 少したどたどしい感じでそういう彼に、私はフッと笑みが零れる


『うん。やっぱりありがとう、だね』

「何がありがとうなの?」

『だって、こうして彩香の声が聞けて、俺も嬉しかったから』

「はぁ…」


 本当に…なんでそんなことをサラッと言えるの?そんなこと言われたら、私…


 もう…前からそうだけど、この人は無自覚で本当にずるい


『あの…俺、何か変なこと言ったかな』

「…ううん、なんでもない…」


 もうこれ以上好きになれないと思ってたけど、どうやら甘かったらしい。

 どこまででも好きになれそうで怖くなる



 その後はまた一緒に勉強する約束をして、また明日も会うことに


 もうそろそろ通話切らなくちゃとは思っても、いつまでも話してたくてなかなか終われずにいたんだけど、遥くんから切り出してくれて、


『それじゃ、また明日ね』

「うん。分かった」

『その…おやすみ、彩香…』

「…遥くん…おやすみなさい…」




 通話を終えた後も、彼のアイコンをぼんやり眺め、想いを馳せる。

 電話する前は少し眠くなってたはずなのに、胸が高鳴って、とてもじゃないけど寝れそうにない



 目を閉じると、すぐ隣にいてくれるような、そんな錯覚を起こすほどに、耳の奥に残るその彼の優しい声は、私の体を熱くさせる




 私は幸せ者だ


 だって遥くんは初めて好きになった男の子で、初めて付き合う男の子なんだから





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