第四章 彼氏と彼女の二人

第88話 おやすみ


 誰かさんに変なフラグ立てられたけど、無事家に帰ることが出来た。

 けど、帰りの電車の中で、少し俺の方に寄りかかって彩香は眠ってしまって、スースーと寝息を立て、その無防備な寝顔を見た時、俺もちょっと色々我慢した


 いや、ほんと、残念とか思ってないから

 うん、本当に…




「お兄ちゃん。普通に帰ってきたね」

「なんだその言い方は」

「そんなんだと、七瀬先輩に愛想尽かされるんじゃないの?」


 この春から同じ高校に通うようになった咲希。それに伴い、彼女のことはそう呼ぶようになっていたのだけど、ふ…何も知らないからそんな偉そうに言ってるけど、俺は…


「咲希。俺はな…」

「…ん?なによ」

「いや、なんでもない」


 わざわざ妹に言うことでもないよな


「ふーん。それで、誕生日はどうするの?」

「ああ、彩香と一緒に…」


 と言ったところで、目を丸くする咲希を見て失言に気付いた。

 でも、「ふーん、へー。なるほどね…」とわざとらしく目を細め、こっちを見てくる。


「今のは違くて…」

「おや?狼狽えてますな」

「そんなことは…」

「容疑者確保!!」

「なんのノリだよ!」

「まあまあ、詳しくは署で聞こうか」

「だからお前、漫画とか見すぎなんだよ!」


 そう言って無理やり俺の部屋についてきて色々聞かれるはめになり、仕方ないからある程度の経緯は話した


「へー。よかったね」

「うん、まあな」

「で?もうしたの?」

「なにを?」

「そんな…私の口からは…」


 分かりやすくもじもじし始めたけど、本当にわざとらしい。


「じゃあもういいよな?」

「いやいや、大事なところでしょ」

「何がだよ」

「だから…キ、キス…とか…」


 付き合った初日にするわけないだろ。

 こいつ、マセやがって

 でもまあ、咲希も高校生になったし、そういうのが気になる年頃ではあるか


「するわけないだろ」

「…ちなみに、したことはあるの?」

「それ、妹に言わないと駄目か?それにお前だって、俺に聞かれたら嫌だろ」

「私は…いいけど…」


 いいのかよ

 ていうか、なんだ、この空気は


「ほら、もういいだろ。疲れてんだよ」

「ちぇ…」

「そういう話はクラスの女の子とかとしろ」

「してるよ。もう付き合ってる子もいるし」

「でも、お前だってモテるんだろ?」


 奏汰から聞いたけど、意外とモテてるらしく、何人かには告白もされたらしいけど、「まあね」と言った後のドヤ顔がうざい。

 やっぱりまだお子様だな


「でも、気を付けなよ」

「何がだよ」

「七瀬先輩、一年生の間でも有名だよ?そんな人と付き合ってるってなると、ちょっと注目されるかもよ」


 確かにそれは俺も思ってた。

 羨望の眼差しならまだしも、妬みや僻み、そういう負の感情を向けられる可能性もある。

 でもそれはそれだ。直接的な害があるわけでもないだろうし


「まあ、その時はその時だな」

「お!まさかのセリフだね」


 少し前までの俺なら、こういう時はすぐネガティブ思考になりがちだったけど、なぜか今はそうでもない。

 たぶん、背中を押してもらったとは言え、告白して付き合うようになって、多少は自信もついたのかもしれない


 そう思っていると、Lineの着信音が鳴る。

 見てみると彩香からだった


「七瀬先輩から?」

「そうだな」

「それじゃ、お邪魔虫は退散しますか」


 本当に…どんな漫画読んでるんだよ…



 咲希が部屋を出たのを確認してから通話を繋ぐと、


『もしもし、遥くん?』


 まだこの呼ばれ方に慣れないな。

 なんかこう、背中がむず痒くなる…


「う、うん…」

『もうおうちに着いて、落ち着いた頃かなって思って』

「そうだね、ちょうどそんな感じだったよ。ところで、どうかした?」

『あのね…声が聞きたくなって…』


 そんな甘えるように言わないで下さい…

 色々初めてで不慣れなんですよ


「え、えっと…ありがとう?」

『ふふ。もう、なによ、それ』


 さっきまで咲希と話してた空気と丸っきり違う。まるで別世界のように糖度が跳ね上がった気がした


 でも、こうしてわざわざ電話してきてくれるのは素直に嬉しい


「うん。やっぱりありがとう、だね」

『何がありがとうなの?』

「だって、こうして彩香の声が聞けて、俺も嬉しかったから」

『はぁ…』


 そう言ってから、彼女が何も話さなくなったので、少し不安になる


「あの…俺、何か変なこと言ったかな」

『…ううん、なんでもない…』


 その後は、お盆明けには模試もあるし、明日からまた一緒に勉強しようという話になったんだけど、お互いに通話を切るタイミングが…


 ただ、いつまでもこうしてるわけにもいかないので、


「それじゃ、また明日ね」

『うん。分かった』

「その…おやすみ、彩香…」

『…遥くん…おやすみなさい…』




 こうして長いようで、でもあっという間に今日という日は終わりを迎えるのだけれど、火照ったように体が熱いのは、日焼けだけのせいじゃないのは間違いなかった





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