第87話 8月7日(彩香side)


「八神くんは彼女…欲しくないの?」

「え…それは…」



 友達の関係と、彼氏彼女の関係、いったい何が違うんだろう


 今までの、友達までの関係でも、それでもいいかもしれないと思う自分もいた。

 大好きな八神くんと手を繋いでデートして、今もこうして二人で海に来てる。

 それだけでもいいと思いかけてた


 だって、付き合えば、もしかしたら、いつかは別れなければならないかもしれない。

 もちろん、みんながみんなそうじゃないとは思うし、高校の時から付き合って結婚する人だっているかもしれない


 でも付き合って別れるようなことになれば、もう八神くんの隣にいることは出来なくなってしまう。

 そんなのは嫌だ


 でも、もっと彼のそばにいたい。

 八神くんの隣でずっと笑っていたいし、彼にも笑っていてほしい


 だからずっと我慢して頑張ってきた



 でも、もう無理…

 気持ちが溢れて、抑え切れない


「私…私は…彼氏、欲しい…」


 今だって八神くんを抱き締めたいし、抱き締めて欲しい

 でもそれは友達でもやっていいこと?

 たぶん駄目だよね?


「私は…」


 ねえ…私、いっぱい我慢したと思う

 まだ足りなかった?

 じゃあ、いつまで待てばいいの…?



 色んなこと考えちゃって、もう涙が零れそうになっていると、


「俺がグズグズしてたから、辛い想いさせちゃったんだよね。ごめん」

「八神くん…」


 彼はそう言うと、優しく私の手を取り、私の目を見つめながら…


「七瀬さんのことが…好きです」

「うぅ…ぐす…」


 あ…ほら…泣いちゃった…


「泣かせちゃってごめんね。あの…いつも一緒にいてくれてありがとう。よかったら、これからも俺と…ずっといてくれると嬉しい…です…」

「八神くん…!」


 顔を赤くしてるのに、それでも優しい目でそう言ってくれる彼に私は…



 気が付くと、私は八神くんの手を引いてこちらに引き寄せ、抱き締めていた


「ぅえ!?…ちょ、ちょっと…」

「うぅ…好き…大好きなの…」


 もう…もうそんなふうに言われたら、自分を抑えられない


「七瀬さん…」

「ずっと…ずっと待ってた…」

「うん…ごめん…」

「もう…バカ…」


 嬉しいのと、ちょっと腹が立つ気持ちと、そんな二つの感情が入り混じる


 でもこうして八神くんのことを直に感じられて、私は幸せな気持ちでいたっていうのに


「ごめん…でもとりあえず…」


 あろうことか、告白してすぐなのに、私のことを引き離そうとするなんて酷くない?


「やだ…」

「いや、でもこれは…」

「やだ!」

「わ、分かった!分かったから、ちょっと落ち着こうか」

「落ち着いてるもん!」

「ほら、俺は上は何も着てないし、七瀬さんも…上…それだけだし…」

「いいの!」


 そんなの今はどうでもいいんだよ!


「いや、本当にまずいから…せめて普通に服着てる時にしてよ…」

「む~…」

「お願いします…」

「じゃあ、八神くんからギュってして…」

「え…」

「え、じゃない」


 もう…そこまで言うなら、八神くんがギュってしてくれたら許してあげる


「じゃ、じゃあ…一回だけだよ?」

「うん…」


 それで八神くんから抱き締めてもらったけど、なんだか緩い…

 全然ギュってされてる感じがしなくて、ついついジト目で見てしまう


「足りない…」

「いや!本当に今は無理なんだって!」

「…じゃあ、今じゃないならいいんだ…」

「え…」

「今の言葉、私…ちゃんと覚えてるから…」


 じゃあ今度はもっとしてくれるんだ…


 と、満足した私だったけど、その後、告白してもらって舞い上がってた気持ちも落ち着いて、冷静になった時に、自分のとった行動の行き過ぎに気付いてしまい、恥ずかしくて悶えそうになるのを隠すのに、かなり必死だったのは言うまでもない





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 それからは二人で一緒に遊び、お昼も二人で一緒に食べる。

 もちろん「あ~ん」もしてあげたし、いかにも付き合ってるって感じがして嬉しくなってると、彼はそんな私を見守るような、優しい眼差しで見てくれる。




 楽しい時間はあっという間に終わってしまい、帰りの時間も考えて、私達は早めに帰り支度を始めた


「もうちょっと遊びたかったけど、仕方ないね。また今度どっか行こう」

「うん!」


 はぁ…楽しい…嬉しい…

 やっと…私、やっと彼女になれたんだ


「じゃ、七瀬さん、帰ろっか」


 でも、


「ん?どうしたの?」

「……名前…」

「名前?」


 せっかく付き合うようになったのに、今日もずっと「七瀬さん」って呼ばれてた


「もう私、彼女なのに…」


 莉子ちゃんもお姉ちゃんも名前で呼んでるのに、彼女の私はそのままなの?

 なによ、もう…



「あ、あの…」

「うん…」

「あ、彩香…さん…」

「「さん」呼びなの…?」


 …なんかちょっとよそよそしい気が…

 でもいきなり言われても困っちゃうか。

 仕方ないかな


 せっかくそう自分に言い聞かせたところだったのに、


「…彩香…帰るよ」

「はぅ…」

「ほら、行くよ?」

「は、はい…」



 顔が熱い…

「彩香」って呼ばれた…


 しかもちょっとぶっきらぼうな感じに言われて、余計にドキドキしてしまう私


 どうして?

 なんでこんなにキュンってなるんだろう…




 バス停まで一緒に手を繋いで、恋人繋ぎして歩いて行く。

 当たり前に隣にいられることが、今までよりもっと近くにいられることが嬉しくて、もう顔が緩んでニヤついちゃう



「えへへ」とご機嫌だった私に、唐突に


「ねえ」

「どうしたの?」

「その…彩香は俺のことなんて呼ぶの?」

「え…」

「まさか自分だけ名前で呼ばせる気?」


 …そうなのだ。

 実は私もまだ彼のことを名前で呼んでいなかったんだけど、実はこう呼びたいな、っていうのはあって…

 でも、私も同じように照れくさくて、なかなか口には出せていなかったんだけど、


「…は、遥くん…」

「くっ…!」


 …え?嫌だった?

 違うのがよかった?

 でも、私はそう呼びたいんだけど…


 彼の様子を伺うも、私を見ることなく耳まで真っ赤にして黙り込んでる。

 何も言わないってことは、それでいい、ってことだよね?もう後で駄目って言っても、知らないんだからね?




 ああ、付き合うって、こんなに幸せな気持ちになれるんだ。

 私、待った甲斐があったよ


 ね?遥くん?






 こうして、高校二年の8月7日は、私にとって忘れられない一日となったのだった





……………………………………………


お久しぶりです。作者の月奈です。


めでたくこの二人もやっと付き合うようになりました。ええ、本当にやっと…


そこで、キリもいいのでここで三章を終え、次話から第四章に入ることにします。


奥手だった二人はこれからどうなるのか、イチャイチャするのかしないのか…

みたいな流れになりそうですね。


もう暫く物語は続きますので、よろしければお付き合いくださいね (_ _*))




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