第85話 無理(彩香side)

 水着も入れた。日焼け止めも、念の為の酔い止めも、うん、忘れ物はない


 いよいよ明日は、八神くんと二人で海に出かける日。

 夜、私は荷物のチェックをし、ベッドに横になるけど、まだ眠れそうにない


 明日は八神くんにしてもらいたいこと、一緒にやりたいこと、たくさんある。

 それが楽しみで、待ち遠しくて、なんだか遠足に行く前の日の夜みたい


「彩香?寝れないの?」

「お姉ちゃん」

「楽しみなのは分かるけど、明日に備えて早く寝なさいよ?」

「うん。ありがとう」

「ふふふ。おやすみ」

「おやすみ」


 それから、少し落ち着いた私は、八神くんのことを想いながら、やっぱりドキドキはするけど、それでも幸せな気持ちで眠りに着くのだった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 八神くんと落ち合って、電車やバスを乗り継いで海までやって来た


 天気予報通りに雨の心配もなさそうだし、この風景を見てるだけでも嬉しくなっちゃう


 良さそうな雰囲気の海の家を見つけて、私達はそこでレンタルしたり着替えることにしたんだけど、八神くん…私がこっちの水着選んだの、どう思うかな…


 彼の希望を無視したようで、少しだけ罪悪感が湧いてくるけど、私だって…八神くんにドキドキしてもらいたいんだもん


 着替え終わり、髪も後ろでポニーテールに結んで彼のところに行くと、「あ…」と言って固まってる。

 ちょっと目も泳いでるし、作戦成功かな?


「お待たせ」

「うん…」

「どうかした?」

「いや、大丈夫…」


 顔赤くして俯いて、ふふ…よかった


 でも、さすがに私もずっとビキニでいるのは恥ずかしかったから、一緒にパーカーとパレオも買っていて。八神くんはこういうの知らなかったみたいで、少し感心した様子。

 私も彼が、逆に女性の水着に詳しかったら嫌だったから、ちょっと嬉しくなる



 それから八神くんが借りてくれたパラソルやクーラーボックスを一緒に運んで、適当な所にシートを敷いていく


 …ここで、私がしてもらいたかったこと…


「それじゃ…日焼け止め…」


 そう。こういうのいかにもカップルっぽくて憧れてたんだけど、いざ口に出すと、一気に恥ずかしくなってきた


 よく考えたら背中見られて、しかも八神くんの手が私の…


 …これはさすがにマズくない?

 いくら八神くんをドキドキさせるのが目的とは言え、私もドキドキし過ぎるんだけど?


 ど、どうする?

 今ならまだ間に合う?

 え?もう後戻りは出来ない?


 一人頭の中で自問自答して、ぐるぐるしそうになっていると、


「あの…どうしたの?」

「へ!?」

「え…いや、どうかした?」


 八神くんはキョトンとして、少し私のことを心配してくれてるふうに見える。

 ああ…どうしよう…


「あ、あの…」

「うん」

「日焼け止め…」

「あ、もしかして忘れた?俺のでよかったら貸すけど」

「そ、そうじゃなくて…」

「うん」


 気持ち首をコテンって傾げて、変わらず私を見てる八神くん


(やばい…熱くなってきた…くっ…!)



 私は意を決して、口を開く


「…塗って…」

「ごめん、聞こえなかった」


 なんですって?!


「っ…!」

「え…」

「……塗って…ください…」

「え?」


 わざと?絶対わざとだよね?

 もう!!どれだけ意地悪なのよ!


「だから!背中に塗ってって言ってるの!」

「ええ!!」


 私は少しキレ気味に言っちゃって、八神くんはおろおろし始める


「え?え!?そ、それは…」

「…ダメ…なの…?」


 うぅ…これで駄目だったら、なんのために頑張ったのか分からなくなるよ…


「駄目とかではないけど…いいの?」

「ん…」



 八神くんに背中を向けて、私はゆっくりとパーカーを脱いだ。

 すると後ろで、彼が息を呑んだような気がして、ますます羞恥心で一杯になる。

 そして彼の手が背中に触れ、


「ひゃっ…」

「ご、ごめん…」

「う、うん…ちょっとビックリして…」

「じゃ、じゃあ…塗ります…」

「はい…」


 ゆっくりと優しく背中を撫でられる感覚に、私は恥ずかしさとは違う何かを感じ、身悶えしそうになるのを必死で我慢する


(何これ…ヤバい…)


 八神くんに触れられた所が熱くて、でも、手を繋いだ時よりも彼を感じられて…

 もし抱き締められたりしたら、私…どうなっちゃうんだろ…


 ああ…またむずむずする気がする…



 その後、渋る八神くんに、半ば強引に私も日焼け止めを塗ってあげることに



 彼の背中が目の前にあって、当たり前なんだけど、やっぱり男の子だからちょっとゴツゴツしてて、そして大きくて


 手で触れると、八神くんは一瞬ビクってなったけど、そこからはちょっと気持ち良さそうにして、私にされるがままみたいになって



 もっと触れたい…もっと触れて欲しい…



 こんなの…八神くん…私…無理だよ…



「ねえ…」

「うん?どうしたの?」

「八神くんは彼女…欲しくないの?」

「え…それは…」




 もう私…我慢なんて出来ないよ…





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