第84話 突然


 夜、明日に備えてそろそろ寝ようかという頃、珍しく瑠香さんからLineが。


『明日は彩香のことよろしくね』

『はい。楽しんで来ますね』

『もし何かあっても、うちの親には上手く言っておくから安心して』


「何かあっても」のって何だ?


 とりあえず俺は『ありがとうございます』と返信して、七瀬さんの水着姿を想像したりしてドキドキしつつも、なんとか眠りについたのだった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 翌朝、二人で海に出かけるので早めに家を出ようとしたら、咲希が見送ってくれた


「じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃい」


 荷物を肩にかけ、玄関の扉に手をかけたところで「ねえ」と呼び止められる


「どうした?」

「急な雷雨とかで停電になって帰れなくなっても、お母さん達にはうまく言っとく」

「お前なぁ…漫画とかの見すぎだぞ。そんなことにはならないよ」


 そう。予報通り天気は快晴。

 雲一つないとはこのことを言うのかもしれないけど、暑そうだし、少しくらいは曇ってた方がよかったかもしれない。


 それより、昨日瑠香さんも変なこと言ってたけど、そういうフラグ立てないで欲しい…





 そこから待ち合わせ場所に行き、七瀬さんと俺は電車とバスを乗り継ぎ、県境にある海水浴場まで二人でやって来た


「じゃあ着替えてくるね」

「うん。パラソルとかもレンタルしとく」

「よろしくね」


 俺は海パンに履き替えるだけだから着替えもすぐに終わるけど、女の子はそうもいかないだろう


 話したように俺はレンタルを済ませ、彼女を待っていると


「あ…」


 黒地に青い花柄模様のスカート(?)っぽいのを履いて、上にふわっと薄いブルーのパーカーを羽織った七瀬さんが歩いてくるけど、いつもはそのまま下ろしてるだけの黒髪のロングヘアーも、今は後ろでポニーテールにしてて、


「お待たせ」

「うん…」

「どうかした?」

「いや、大丈夫…」


 真っ直ぐ見れないくらい、彼女は可愛くて綺麗で、俺は自然と俯いてしまう


「ああ、これ?これパレオだよ」

「ぱれお?」

「うん。これは水着の上から巻くタイプで、紫外線対策にもなるし」


 なるほど。最近はそういうのがあるんだ。

 つい「最近は」とか思っちゃったけど、俺も同い年だろ。

 それより、その格好だと他の奴に水着姿も見られないし、俺的にはよかったかも


「もちろん海に入る時は外すけどね」

「そうなんだ」

「借りてきてくれてありがとう。あっちの方空いてるから、場所取りしちゃおっか」

「うん」


 適当な場所にシートを敷き、パラソルを立てて一休みする。

 海なんて来たのは中二の時以来だから、少しだけわくわくする気持ちもあったり


「それじゃ…日焼け止め…」

「ああ、そうだね」


 俺は鞄からクリームを出して、腕とか顔に塗ってたんだけど、さっきまでは楽しそうだったのに、急に七瀬さんが固まってるように見えた


「あの…どうしたの?」

「へ!?」

「え…いや、どうかした?」

「あ、あの…」

「うん」

「日焼け止め…」

「あ、もしかして忘れた?俺のでよかったら貸すけど」

「そ、そうじゃなくて…」

「うん」


 七瀬さん、もう日焼けしたのかな?真っ赤になってる。

 しかもプルプル震えてる気がする


「…って…」


 周りに人はいないけど、ここは浜辺だからやっぱりそれなりにざわついてるし、声が小さすぎて全然聞き取れなかった


「ごめん、聞こえなかった」

「っ…!」

「え…」

「……塗って…ください…」

「え?」

「だから!背中に塗ってって言ってるの!」

「ええ!!」


 嘘だろ…着いて初っ端からそんな…こんなにライフ削られるなんて聞いてない…


「え?え!?そ、それは…」

「…ダメ…なの…?」


 相変わらずその上目遣いは攻撃力が高い。プラス、彼女も恥ずかしさからだろう、少し涙目になってて、更に手強い


「駄目とかではないけど…いいの?」

「ん…」


 コクンと頷いて、俺に背中を向ける彼女


 うん…まあ、これは必要なことだよな。

 そう。別にやましい事なんてないんだから、ちゃんと塗ってあげればそれでいいんだ



 七瀬さんは羽織っていたパーカーをふわっと脱ぐと、俺の目の前にはあの時見た白いビキニの水着と、薄っすらとピンク色に染まった彼女の背中が視界に入りドキマギする


(これ…ビキニじゃん…)


 慌てて視線を上に上げると、今度はポニーテールにしてるおかげで、今まで見た事のなかった七瀬さんのうなじが…


 もうライフ無くなりそうなんだけど…



 それでもクリームを手に取り、おそるおそる彼女の背中に手を当てる


「ひゃっ…」

「ご、ごめん…」

「う、うん…ちょっとビックリして…」

「じゃ、じゃあ…塗ります…」

「はい…」


 俺は出来るだけその背中の感触を味合わないように、ただ塗ることだけに集中しようとしてたのに、「あ…」とか「んぅ…」とか、わざとじゃないの?と思うほど艶っぽい声をあげる彼女に、逆に一周回って冷静になる


「終わったよ」

「うん…ありがと…じゃあ…」

「そうだね、行こうか」

「え?八神くんは?」

「え?なにが?」

「…八神くんの背中…塗る…」


 なんだと…?


「いやいや、俺は大丈夫だから。ほら!ラッシュガードもあるし!」

「ダメ…塗るの…」

「はい…」


 ジト目の圧に負け、塗ってもらうことに



 ペタペタと背中に七瀬さんの手の感触が伝わってきて、なんだかほっこりして油断し切ってる俺に、それは突然やって来た




「ねえ…」

「うん?どうしたの?」

「八神くんは彼女…欲しくないの?」

「え…それは…」



 まさに、俺にとってそれは突然の出来事で、思考が止まるには十分な言葉だった





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