第76話 なんなんだ


 あれから毎週、水曜日だけは七瀬さんと一緒にお昼を食べ、それ以外はこれまで通りに過ごして一月ほど経ち、もう梅雨も明けて六月も終わろうとしている。

 今までは特に七瀬さんとの事を何か聞かれたりすることもなかったけど、さすがにそれも無理なようだ


「八神。ちょっといいか?」

「いいけど、どうした?」

「お前、七瀬さんと付き合ってるのか?」

「いや、付き合ってないよ」

「本当か?だって、よく話してるの見るし、たまに昼メシも一緒に食べてないか?」

「たまにそういう時もあるかな」

「それだけ…なのか?」

「う、うん…」

「まあ、そうだよな」

「なにが?」

「いや、悪い。なんでもない」


 だいたいがこういう感じで、いつも「そうだよな。七瀬さんがお前と付き合うはずないよな」という雰囲気で話は終わる


(そんなに俺とだと釣り合ってないのか…)


 今日も部活終わりに捕まり、俺はいつものように答えるけど、そんなふうに感じて凹む。

 でも、それはそれ、だ。

 俺は俺でやれることをやるだけ



 でも、奏汰から聞かされた話で、様子が変わってきた


「遥斗。ちょっと」

「うん」

「あのさ、聞いたんだけどね」

「うん。だからどうした?」

「七瀬さん、最近よく告白されてるみたい」

「え…」


 そうなのか…?

 全然知らなかった…


「どうしてだか分かる?」

「ごめん…分かんない…」

「ここ最近、遥斗とよく一緒にいるところを見られてるんだよ。たぶん、お前もよく聞かれてるだろ?」

「まあ…そうだな」

「それで、たぶんだけど、中には遥斗でも仲良く出来るんだったら、ワンチャン自分でも…、って考える奴らがいるんだと思う」


 …そうか。言われてみれば納得だ。

 その考えは分からなくもない


「だから、早くした方がいいかもよ?」

「わ、分かってる…」



 そう。

 さすがに鈍い俺でも、七瀬さんが俺に好意を抱いてくれてることくらいは分かる。

 ただ、きっかけというか、なんというか…

 どういうふうに切り出したらいいのかが分からないで、ズルズルと時間だけが過ぎていってる気がする


 夏休み、一緒に出かけた時にでも、そういう雰囲気になれば…





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 来週に期末テストを控え、これが終わればすぐ夏休みになる。


 今日も七瀬さんと一緒に勉強してるけど、相変わらず彼女の教え方は丁寧で分かりやすく、俺の今の成績はその賜物だろう


「八神くんもだいぶ理解力付いたね」

「七瀬さんのおかげだよ」

「テスト終わったら…夏休みだよね」

「そうだね」

「あの…何処行こうか…」


 夏休みかぁ。

 夏と言えば海、みたいなイメージはあるけど、七瀬さんも水着になるのはやっぱり嫌だよな。俺も緊張しそうだし。

 でも、花火大会とかは行きたい


「花火大会とかはどう?」

「あ、うん!行きたい!」


 こうやって無邪気な笑顔の七瀬さんは、本当に可愛い。なんか癒される気がする


「あとはどうしようかな…」


 俺はいろんな所に彼女と行ってみたいけど、あんまり予定埋めすぎるのもどうかと思うし、そもそも、そこまで遊び慣れてるわけでもない


「あの…あのね…」

「うん。他に何処か行きたい場所ある?」

「えっと…」

「うん?」


 ちょっと赤くなって恥ずかしそう。

 そのもじもじしてる感じが可愛くて、その姿も今まで何回も見きたのに、俺は慣れることが出来ずにいる


「あのね…一緒に…海に行ってみたい…」

「海…?」

「うん…どうかな…」


 正直、意外だった。

 でも海に行ったからといって、必ずしも海に入るわけでもないかもしれない。

 それに俺にとっては、七瀬さんと二人で遠出するってだけでも、嬉しいことだった


「俺はいいけど、電車に乗って、ちょっと遠出になるのは大丈夫なの?」

「う、うん…それは平気…」

「そう?それならいいんだけど」

「それでね…」

「うん。他にも何処かある?」

「いや、そうじゃなくて…」


 どうしたんだろう。なんだかさっきまでより、更に赤くなってる気が。

 …なぜ?


「あの…どうしたの?」

「私ね…」

「うん」

「私…持ってないの…」

「何を?」

「その…中学の時のしか…」

「中学の…?」


 中学の時の何?中学の時にはあって今は持ってないって、何?


「…み、水着…」


 水着…?



 え…!



「あ、あの、水着って…」

「うん…だから…一緒に…」

「え?一緒に?」

「うぅ…」

「な、七瀬さん…?」

「一緒に見に行って…八神くんが、選んでくれないかな…」

「え…」


 首から上が全部真っ赤になってて、頭からぷしゅーって湯気が出そうな勢いの彼女に、俺も思考が止まってしまって、言葉が出てこない


「ねえ…ダメ…?」

「あ…いや、駄目じゃないけど…」

「じゃあ…いい?」

「う、うん…」




 まだ動揺してる俺は、「この可愛い生き物はなんなんだ」と感じながら、言われるがままオッケーしちゃったけど、買い物に出かけた時には、今とは比べ物にならないくらいに俺の思考は停止することになる





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る