第75話 悪魔(彩香side)
屋上に着いて辺りを見渡すと、やっぱりカップルの男女が目に付いてしまって、どうしても羨ましくなってしまう
でも、こうして八神くんと一緒にここにいると、私達も周りからはそう見えるのかな。
えへへ…嬉しいな。楽しいな
二人で座れそうな場所を見つけてくれて、一緒にそこに腰を下ろして、お弁当を食べ始めることに
八神くんのお弁当は、今日は妹さんが作ってくれてたって言ったけど、チラッと見ると、お野菜もたくさん入ってて、お兄さんの八神くんのことを考えてあげてるんだろうな、っていうのが分かる。
そして、それを美味しそうに食べてる彼を見ちゃうと、少しだけ咲希ちゃんが羨ましくなった
(いいな…私も…)
そうは思っても、今こうして二人でお昼を一緒に過ごしてるっていうだけでも、私にとっては凄く嬉しくて
八神くんとお話しながら、こうしてるだけでも満たされてしまう私。
すると、たぶん話の流れで八神くんは
「七瀬さんのお弁当、美味しそうだね」
ニコニコと笑顔でそう言ってくれて、
「え…」
なんだか、褒めて貰えたみたいで、無性に嬉しくなる。
それと同時に、さっき思ってたことが、また頭の中に浮かんできて…
(私も…八神くんに食べてもらいたいな…)
そう思ってしまったら、この前八神くんのおうちで、お粥作ってあげて、あ~んしてあげたのを思い出しちゃって、なんだか体が熱くなって、むず痒いような感じになって
「ごめん、なんか変なこと言ったかな…」
「ち、違うの…」
「うん…」
うぅ…八神くん、ちょっと困ってるっぽい。
だって、思い出したらこうなっちゃうよ。
でも、やっぱり食べてもらいたい…
「よかったら、食べてみる…?」
「え…い、いや!それは悪いよ!」
「私は…いいよ…」
ちょっとだけ向こうに座ってる男の子と女の子の、たぶん付き合ってる二人の方に目をやると、あ~んしてるのが見えて
もちろん私もしたい
そして、私もあ~んされたい
でも、あの時は八神くんのお部屋で、他に誰もいなかったからよかったけど、今は学校で、他に何人もいるし…
卵焼きをお箸で摘んで、少しだけ八神くんの方を見たけど、うぅ…やっぱり無理…
私は八神くんのお弁当の蓋の上にちょんと卵焼きを乗せる
「あの…私が焼いたから…」
「う、うん…ありがと…」
少し不安な気持ちで彼の様子を見てると、ちょっと恥ずかしそうな表情でお箸を伸ばして、卵焼きを取るとそのまま口に運ぶ。
ど、どうかな…いつも通りにできてると思うけど、八神くんの口に合うかなぁ
ドキドキしながら見ていると、
「美味し…」
「本当に?」
「うん。美味しいよ」
八神くんは無理してるふうでもなくて、自然にそう言ってくれたと思う
「よかったぁ…」
よかった。八神くんに美味しいって言ってもらえた。
なんでだろう。友達と交換したりして、その時にも「美味しいよ」って言ってもらったことはあるけど、好きな人に言われるのって、こんなに違うんだ。
(ふふ…嬉しい…)
ドキドキしてたのも収まって、安心した私はお弁当を食べようとしたんだけど、
「可愛いよ」
「へ…」
え…?
カワイイヨ…?
美味しいよじゃなくて?
どういう意味?
…って!なに急に!!
なんでそういう話になってるの?!
は!
これは…まさか…この流れで…告は
「いや!あの、これは違くて…」
「………」
「いや、違うこともないんだけど、あれ?何言ってるんだろ…はは…」
「………」
何言ってるのよ、もう…
期待しちゃったじゃない
(もう…意気地なし…)
たぶん今の感じからして、八神くんは本当に可愛いって思ってくれてるんだろうな、っていうのは分かる。
でも、なんだかはぐらかされてる感じが納得できなかった私は、少し意地悪することに
「…どっちなの?」
「え?」
「…ねえ…可愛く…ない…?」
「くっ……か、可愛いいです…」
「…ん…」
恥ずかしそうに、ボソッと呟くように口に出してくれた姿を見て、少し満足した。
ま、まあ、可愛いって言ってくれたし、今日のところはそれで我慢してあげる
その後、またお昼一緒に食べようって約束をして、ちゃんと決めてないとあやふやになりそうだと思って、これから毎週、曜日を決めて会うことにした
それから教室に戻り、夏季ちゃんにそのことを話すと
「それでもまだ付き合ってないんだ」
「…そうなの」
「八神くんって、にぶいよね」
「うっ…」
「それか、もしかして、他に好きな子でもいるのかな」
「それはない」
「え?どうして言い切れるのよ」
「だって、…あ…」
「なに?」
「いや…なんとなくね…」
私が八神くんの家にお見舞いに行って、その時「好きだよ」って言われたことは、誰にも話してない。
そもそも、夏季ちゃんの言うように、好きでもない男の子の家にお見舞いに行って、二人きりで過ごすなんてありえない。
しかも、うたた寝までしちゃってるし、そんなの、その人のことが好きで、心を許してるからなのに…
それでも、たぶん八神くんは、私からの好意に気付いてない…というより、自信が持てないのかもしれない
どうすれば両想いだって気付いてくれて、告白してもらえるんだろう
「よく分かんないけど、七瀬ちゃんのことを、もっと意識させるようなことしたら?」
「それ、詳しく」
「いや…そんな前のめりにならなくても…」
「いいから」
「えっと…例えば、七瀬ちゃんが誰か他の男子と仲良くしてるところを見せて、嫉妬心を煽ってみるとか」
「無理」
「早っ!」
駄目だよ。そんなことしたら、間違いなく八神くんは「俺よりそいつの方がカッコいいし、お似合いだよ」とか言って、身を引いちゃうに決まってる。
それに、八神くん以外の男子とそこまで仲良くしたいとか思わないし
「じゃあ…そうだなぁ…」
「うんうん」
「あ!そうだ。夏休みはどうするの?」
「たぶん何処かには出かけると思う」
「七瀬ちゃん、夏と言えば?」
「ん?夏と言えば?」
「ふふ…海、プール…つまり、水着だよ」
「水着…?」
「そう。その水着を、八神くんと一緒に買いに行きなさい」
「え!?」
「ほら、そういうの漫画とかでもよくあるでしょ。そこで試着したりなんかして、ドキドキさせてあげればいいんじゃない?」
ニヤリと悪そうな笑みを浮かべる夏季ちゃんが、この時の私には悪魔に見えた
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