第74話 屋上で


 階段を上り扉を開けると、そこは屋上。

 まあ、当たり前なんだけど


 多少身構えてたところはあったけど、俺が思ってたよりも普通だった。

 確かに噂に聞いてたように、何人かで楽しそうに盛り上がってるグループもあれば、二人でくっついて、仲睦まじくお昼を食べてるカップルもいる。

 でも、特別イチャついてるふうでもない。


 考えてみたら当たり前だよな。

 だってここは学校なんだから


 警戒し過ぎて損したな、なんて思いながら、何処か二人で座れる場所はないかと見てみると、北よりのフェンスの方で空いてる所を見つけた。

「あそこにしようか」「やっぱり屋上は人気だね」なんて話しながら歩いて行って、二人して膝の上に弁当箱を置いて、同じように食べ始める


 ふと七瀬さんのお弁当を覗いてみると、卵焼きや唐揚げ、プチトマトやポテトサラダと、彩り良く見た目にも美味しそうだ


「自分で用意してるの?」

「そうだよ。夕飯の残り物や冷凍食品も使うけど、卵焼きとかは自分で焼いてるよ」

「へえ、凄いね」

「そんなことないよ。初めはお母さんと一緒にやってたけど、今はだいたい一人で作ってるかな。八神くんの妹さんも自分で用意してるんでしょ?」

「たぶんね」

「たぶん?」

「うん。俺が起きて下に降りた時には、いつもお弁当出来上がってるから、よく知らないんだよね」

「ふふ、そうなんだ」


 最初はたぶんお互いに緊張してたと思うけど、話してるうちにいつも二人でいる時のような雰囲気になって、


「七瀬さんのお弁当、美味しそうだね」

「え…」


 俺は普通に思ってたことをそのまま伝えただけだったんだけど、急に彼女は俯いてもじもじしてるふうになってしまって、


「ごめん、なんか変なこと言ったかな…」

「ち、違うの…」

「うん…」


 なんだか俺も、七瀬さんにつられて同じようになってしまう。すると、


「あの…」

「う、うん…」

「よかったら、食べてみる…?」

「え…」


 少し恥ずかしそうに、上目遣いでそう問いかけてくる七瀬さん


「い、いや!それは悪いよ!」

「私は…いいよ…」


 顔を真っ赤にして、俯いたまま、俺に視線を合わせることなくそう言ってくれる七瀬さんは、本当に、もうこっちがどうにかなりそうなほどに可愛い…


 なんでだ?前はここまでドキドキしなかったと思うんだけど。

 これはやっぱり、彼女のことを好きだと自覚したからそうなってしまってるのか…?



 七瀬さんは卵焼きを箸でそっと持ち上げると、一瞬だけ俺の顔を見て、その後、お弁当の蓋の上に乗せてくれた


「あの…私が焼いたから…」

「う、うん…ありがと…」


 一口でパクッと頬張ると、出汁の風味が広がり、後からほのかに甘くて、美味しい


「美味し…」

「本当に?」

「うん。美味しいよ」

「よかったぁ…」


 そう言って、安心したようにへにゃん、と表情を緩ませ、嬉しそうな彼女。

 そんな顔を見てしまったら、俺も嬉しくなってしまう


(もっと褒めてあげた方がいいかな)


 そうは思っても、「美味しい」以外に言葉が見つからなかった俺は、つい頭の中で思ってた内容がそのまま出てしまった


「可愛いよ」

「へ…」


 七瀬さんは一瞬ポカンとして、それからみるみるうちに顔が赤くなる


「いや!あの、これは違くて…」

「………」

「いや、違うこともないんだけど、あれ?何言ってるんだろ…はは…」

「………」


 やってしまった…


 せっかくお昼誘ってくれて、こうして一緒に過ごしてたのに、俺は…


 気まずくて何も言えないでいると、


「…どっちなの?」

「え?」


 右手で俺の制服の端をちょこんと摘んで、軽く引っ張りながらもう一度聞いてきた


「…ねえ…可愛く…ない…?」


 少しだけツンとした感じで、でも恥ずかしそうに言う七瀬さんは可愛い。間違いない


「くっ……か、可愛いいです…」

「…ん…」


 もうこのやり取りだけでいっぱいいっぱいの俺は、七瀬さんの方とか見れなくて。

 ただやたら顔が熱くて、これ、間違いなく赤くなってるだろうな…


「八神くん…」

「はい…」

「また…お昼一緒に食べよ?」

「えっと…いいの…?」

「うん…」

「分かった。また機会があれば…」


 よかった…のかな?

 でも、また一緒に食べようって言ってくれたし、変には思われなかったってことでいいのかな…


 少し頭を整理して、なんとか冷静になろうとしてたんだけど、また服を引っ張られてる感覚があって、七瀬さんの方を伺うと


「あのね…それだといつになるか分からないし、どうせなら…」

「あ、うん…」

「曜日を…決めたらどうかな…」


 曜日…?


 え?曜日?

 それは…どういうことだろう…


 そんな思考の俺を察してくれたのか、七瀬さんは言う


「じゃあ、水曜日は毎週一緒にでいい…?」


 ……え?

 なんで…なんで…?そんなことして、大丈夫なの?いいの?


「あの…俺は大丈夫だけど、七瀬さんこそいいの?」

「うん…」

「分かった。じゃあ、そうしよう」



 それから二人でお弁当も食べ終え、その後は普通に話をして教室に戻ることに



 二年生のフロアに来て、教室の前で別れるところで


「それじゃ」

「うん。八神くん、明後日…約束ね?」

「あ…うん。分かった」

「それじゃ」



 今日は週が開けた月曜日。

 なるほど。明後日は水曜日だな


 もう今週から始めるんだな、と思いながら自分の席に着き、五時限目の用意を始める。



 でも、あんなこと言っちゃうなんて…


 羞恥心で一杯になる俺だけど、彼女も恥ずかしそうにはしてたけど、嫌がってるふうでも怒ってる様子でもなかったし、また一緒に食べる約束もしてくれたし


 たぶん…少しくらいは俺のことも、意識してもらえてるのかな…

 そうだといいんだけど



 午後からの始業のチャイムを聞きながら、さっきの屋上でのやり取りを思い出し、少しニヤけそうになるのを我慢する俺だった





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