第69話 やってみる…(彩香side)


 その週末の金曜日。莉子ちゃんからLineで通話の着信が。メッセージじゃないなんて珍しい。どうしたんだろう


「莉子ちゃん?どうしたの?珍しい」

『うん、遥斗くん、風邪で倒れたみたい』


 え!ちょ、ちょっと待って

 そんな話、全然聞いてないよ


「た、倒れたって、大丈夫なの?」

『うん。奏汰が家まで送って一緒に帰ったらしいよ。たぶんただの風邪だろう、って』


 風邪って…もしかして、この前送ってもらった時に、雨に濡れちゃったからかな…

 でも昨日は元気そうだったし、今日見かけた時も普通に見えたんだけど…

 やっぱり…私のせいかも…


 私は莉子ちゃんに、この前のだいたいの経緯を説明した


『二日も前だし、たぶんその事が原因じゃないと思うけど、やっぱり気にはなるよね』

「うん…」


 言ってくれてるように、私のせいじゃないかもしれないけど、どうしても…

 彼女もスマホの向こうで察してくれたのか

『明日、予定ある?』

「明日?特に何もなかったと思うけど」

『ねえ、一緒にお見舞い、行こっか』


 莉子ちゃんは子供の頃からの友達だから、当然、八神くんの家の場所も知っている


「でも…」

『遥斗くん、喜んでくれると思うよ?』


 うぅ…そうかもしれないけど、まだ彼女でもない私が行ってもいいのかな…

 あ…自分でとか言ってる…


『大丈夫。いいからいいから』

「分かった。私、看病する」

『お、やる気だね』

「へ!?」


 莉子ちゃんに言われ慌てちゃったけど、私はかなり緊張しつつ、でも八神くんの家に行けることにもなって、不謹慎かもだけど、嬉しくなっていた




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 駅に着くと莉子ちゃんが出迎えてくれて、その事に安心すると同時に、なんとも言えない羞恥心で一杯になる


「う、うぅ…」

「彩香ちゃん、どうしたの?」

「いや、だって…」

「ああ、ちょっと恥ずかしくなってきた?」

「うん…」

「とりあえず飲み物とか買いに行こうか」


 莉子ちゃんの話では、何回か八神くんにLineしたけどまだ既読にならないらしい


「寝てるのかもね」

「あの…本当にいきなり行っても…」

「私もいるし大丈夫だよ。安心して」

「うん…」

「あ、ここだよ」


 そこはたぶん普通の一軒家で、表札には「八神」と書いてあって、それを見た私は


(あ…八神…彩香か…)


 と、また一人で変な想像をしてしまい、めちゃくちゃ恥ずかしくなっていた。

「なんか顔真っ赤だけど?」と言われ、狼狽えちゃったけど、莉子ちゃんがインターホンを押してくれる。でも、しばらくしても返事がなくて、


「う~ん。まだ寝てるのかな」

「あの…やっぱりもう…」

「ちょっと待ってね」


 すると莉子ちゃんはスマホを取り出し、たぶん八神くんにメッセージを送った


「あ、たぶん出てきてくれるよ」


 うぅ…また緊張してきた…


 カチャ、っと鍵を開ける音がして、扉が開かれると


「こんにちは。遥斗くん、具合どう?」

「こ、こんにちは…」


 八神くんは少し口を開けてポカンとしてて、元気そうな彼の姿に安心するのと同時に、たぶん部屋着のジャージ姿で、気持ち顔が赤く力無い表情の彼に、私はドキドキしてしまうのだった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ごめん、散らかってるかもだけど…」

「遥斗くんの部屋、久しぶり~」

「お、お邪魔します…」


 こ、これが…男の子の部屋…

 人生初なんですけど…!


 二人に気付かれないように部屋をチラ、チラッと見渡して、ここでいつも八神くんは宿題したりゲームしたり、あのベッドで寝てるのね。ああ…なんか八神くんの匂いがする…

 と、一人でクラクラしそうになりながら話を聞いていたら、


「遥斗くんが今熱出して寝てるみたい、って言ったら、彩香ちゃんが」

「ええ!?わ、私?!」

「だって、心配してたから」

「ま、まあ…それはそうだけど…」

「だけど遥斗くんちの場所知らないし、それなら一緒にお見舞いに行こう、って言ったらノリノ…むぐ…」

「ふふ…莉子ちゃん…?」

「ごめん…」


 莉子ちゃん…幼馴染みで気楽なのはあなただけなのよ?本当、気を付けないと…



 飲み物やゼリーを渡して、少し三人でお話してるとあっという間に一時間くらい経っていて、八神くんも気になったのか


「俺は大丈夫だから、そろそろ二人ともいいよ?わざわざありがとうね」

「あ、もうこんな時間だね」

「うん…」


 八神くんが心配だしもう少しいたいけど、あんまり長居しても…と思っていると『ねえ、彩香ちゃん、ちょっと…』と、莉子ちゃんが小声で話しかけてきた


『なに?』

『ごはん、どうするの?』

『うん、適当になんとかする』

『違う。遥斗くんの』

『え…?』

『遥斗くん、風邪引いてしんどいんだし、作ってあげれば?』

『それは…っ!』

『ね?』


 確かに莉子ちゃんが言うのはもっともだ。もしこのまま帰ったら、八神くんは何も食べないかもしれないし、更に具合が悪くなるのとかは嫌だ。

 それに…八神くんに…ごはん作ってあげるとか…そんなの…


「どうかした?」

「え?な、なんでもないよ…」

「そ、そうそう、なんでもない、うん」


 二人でこそこそ話してたから、ちょっと怪しまれたかもしれない。危ない危ない…


「じゃあ、見送るから…」と言う彼にお昼どうするつもりなのか聞くと、案の定、適当に食べるとか言ってるし、下手したら本当に食べないかも…

 もう…そんなのダメなんだから!


「あ、あの…私……作る…」

「……え?」

「ねえ、遥斗くん。台所、借りるね?」

「え?」

「だから、ちょっとだけ待ってて」


 莉子ちゃんはそう言って、私と一緒に部屋を出て、台所に案内してくれた



「あ!あったよ、ごはん。これでお粥作ってあげようよ」

「うん…」


 さすが幼馴染み…私じゃあ勝手に冷蔵庫開けて、中漁ったり出来ないもん…


 適当なお鍋でお粥を炊いていると、


「ねえ、私、帰るからね」

「え?うん。私も帰るよ」

「どうして?」

「ん?どうして…?」

「せっかくなんだから、もう少し一緒にいてあげてよ。それとも、時間、ない?」

「え!?…いや…時間は大丈夫だけど…」


 初めてお邪魔したおうちで、しかも八神くんと二人っきりとか…

 もちろん、これは莉子ちゃんが私のことを考えてくれて、そうしてくれようとしてるのは分かる。その気持ちも嬉しいし、ありがたいと思う。でも…


 莉子ちゃんは「あとは若い二人で」とか冗談ぽく言ってたけど、どうしよう…




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「わざわざありがとう」

「う、うん…」

「じゃ、遥斗くん。私帰るから」

「うん、二人とも、ありがとう」

「あ、遥斗くん」

「なに?」


 莉子ちゃんが私にアイコンタクトで『頑張って』と言っている。こうなったら…


「あ、あの…私…」

「うん、彩香ちゃん、もう少し遥斗くんのこと見ててくれるそうだから」

「え?」

「じゃね」

「え?」

「じゃあ彩香ちゃん、よろしくね?」

「うん…」



 うん…やってみる…



 莉子ちゃんはそのまま帰っていって、私と八神くんの二人きりになってしまった。


(と、とりあえず…お粥…)


 私は八神くんの所まで歩いて行って、なんとか声を振り絞る


「め、召し上がれ…」



 もう…こんなの照れるってばぁ…




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