第66話 溶けそう


 一学期の中間テストも終わり、俺はこれまでで一番の手応えを感じていた。

 それもこれも、勉強に付き合ってくれた七瀬さんのおかげだと思うけど、なんとなく、彼女との距離が、物理的な距離が近くて、ドキドキする場面が多々あった


 でも、一緒にいられるのはやっぱり楽しいし、嬉しい。部活の方も一先ず落ち着いてきたことだし、空いた時間に、何か彼女のために出来るようなことはないだろうか


 たぶん、俺への心象は悪くないんだろうなって、自分では思ってる。そうじゃないなら、わざわざ二人で出かけたりとか、いくら俺のことを信用してくれてても、なかなかないだろう。

 でも、多分だけど、俺が誰か女の子をこんなに好きになったのは、初めてだと思う。

 正直、どうしていいのかが分からない


 それとなく部活帰りに奏汰に話した時に、「告白したい?付き合いたい?」って聞かれて、すぐには答えられなかった


「うん。遥斗はそうだよね」

「どういう意味だよ」

「ごめん。悪い意味じゃなくて、それだけちゃんと考えてあげてるってこと」

「そうなのかな…」

「じゃあ、仮に告白して付き合えたとして、どうしたいの?」

「え?」

「手繋いで一緒に帰りたいの?デートしたいの?それとも、キスとか、更に先のことまでしたいの?」


 俺も高校生男子だし、そりゃ…キスとか…そういうのに全く興味がないわけじゃない。そんなの、「ない」って言う方が嘘になる。

 でも、今まで全然そういうことに無縁だったし、目立たない立ち位置にいた俺には、遠い世界の話のように思ってた


「ちょ、ちょっと…」

「ううん。真面目な話だよ。それとも、ただ隣にいたくて、独占したいの?」

「え?」


 え?…独占…?


「独り占めってことね」

「いや、意味は知ってるから」


 彼氏じゃなくても、別に隣にいたっていいだろう。でも、七瀬さんが俺以外の誰か別の男と、手を繋いで歩いている絵を想像するだけで、なんだかムカムカする


「ふふ。そういうことだよ」


 俺が何を考えてたのか、「そんなのお見通しだよ」といったふうに、奏汰は嬉しそうにそう言ったけど、でもそのせいなのか、今まで以上に七瀬さんと接する時、俺は緊張するようになってしまった





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ん?八神くん。どうしたの?」

「え?ど、どうもしないよ?」

「ふーん…」


 放課後七瀬さんと話してて、たぶん一時間くらい話してたと思うけど、この前奏汰に相談してから、やっぱり妙に意識してしまって、緊張する時がある


 何を意識するのかっていうのは、その…うん、告白だ…


 たぶん…だけど、今、七瀬さんにとって男子の中では、俺は仲がいい方なんだと思う。

 でもこれから梅雨になって、気が付いたら夏休みになってて、そして、休み明けにはすぐに文化祭がある


 出来れば、俺はその時までにはなんとか、あの…少しでも進展させたいというか…


「…ねえ、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫!!」

「そう?」


 うっ…コテンって首傾げてる七瀬さん…可愛い…辛い…


「あ、あの…そろそろ帰ろうか」

「そうね。なんか曇ってきたし」



 昇降口までやって来て、ローファーに履き替えようとしたら、ザーザーと降る雨の音で一瞬固まる。

 チラッと隣の七瀬さんの様子を伺うと、彼女も同じように固まってて、しかもちょっと困ったような表情


 俺はいつもロッカーに折り畳み傘を入れてるんだけど、七瀬さんは今日に限って傘を持ってなかったようで、「あはは…」と苦笑いしている


 こ、ここは…


「俺、置き傘あるから…貸してあげるよ」

「え…でも、そしたら八神くんが…」

「走ったらすぐだし、大丈夫だよ」


 それに最悪、その辺のコンビニでビニール傘買ってもいいし。あ、それを言っちゃうと、七瀬さんも「私が買う」とか言い出しそう


「でも…」

「うん、本当にいいから」


 俺は「じゃあ」と言って、鞄を頭に乗せて走り出そうとしたその時、


「待って!」

「ぐぇ…」

「あ…ご、ごめん…」


 結構な力で制服の襟足の辺りを掴まれ、首が閉まる…


「あのね…一緒に…入って行こうよ…」

「え…」


 それって、つまり…アレ…ですか?


「でも…」

「ねえ…嫌…?」

「嫌じゃないです」


 つい被せ気味に言っちゃったけど、嫌なわけがない。むしろ嬉しい。

 今はそれよりも、ちょっと悲しそうな目で、でも恥ずかしそうに、上目遣いで俺を見てくる七瀬さんに、俺はどうにかなってしまいそうになる


 好きな人のそんな顔…もう……もう!!


「くっ…!」

「え?どうしたの?」

「いや、なんでもないよ…」

「じゃ、じゃあ…行こっか…」

「うん…」




 緊張して、嬉しいのか恥ずかしいのかもよく分からなくなってた俺は、彼女が濡れないように、とだけ、それだけ注意しながら歩いていた


「あの…濡れてるよ?」

「うん。これくらい大丈夫。平気」

「でも…」

「ほら、本当だから。ね?」

「もう…」

「え?」

「えいっ!」



 小さい折り畳み傘だし、歩き始めた時からそれなりに距離は近くて、肩とかも当たるくらいだったんだけど、七瀬さんは更に俺の方に体を寄せて、その上腕を絡ませてきて、


「えっ!?」

「っ!…い、いいから…」

「あ、あの…」


 当たってるんですけど…とは言えない…


 前に一度咲希とこうして歩いた時と、緊張とドキドキのレベルがまるで桁違いだ。

今までに感じたことがないくらい、心臓がバクバク言ってるのが分かる


「あの…本当に大丈夫だから…」

「もう…いいったらいいの!!」

「はい…」



 もう何がなんだか分からなくなって、只々顔が熱くて、おそるおそる七瀬さんの顔を見ると、彼女もたぶん今の俺と同じように真っ赤になってて、しかもちょっと涙目で



 雨に濡れる右腕の冷たさとか何も感じられなくなり、そんなことより、左側の、彼女の温かさと柔らかさに、俺は「左腕…溶けそうなんだけど…」と、そんなことを考えながら、駅までの道のりを歩いて行った





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