第65話 言えればいいのに(彩香side)


 放課後になった瞬間くらいの勢いで、私は八神くんと約束したカフェに向かうため、教室を出ようとした


「七瀬ちゃん?」

「え?夏季ちゃん?」

「ふふ…楽しんできなよ?」

「うっ!…う、うん…ありがと…」


 あんなふうに言ってたくせに、そんなこと言われたらちょっと恥ずかしくなっちゃった


 え?そんなに分かりやすいの?私って


 と、とにかく、早く行かないと!





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 お店に着いたけど、もちろん八神くんはまだ来てない。

 そりゃ、家に帰ってから来るんだから、もう少しかかるよね。私は『中で待ってるね』とメッセージを送り、適当に飲み物だけ頼んで待っていた


 でも…また緊張してきた…


 だって…だってー!!


 いや、夏希ちゃんも期待し過ぎるのは、みたいなこと言ってたじゃん。

 落ち着け私…



 外をぼんやり眺めてたけど、やっぱり彼のことを考えてしまう


 お店に着いたらいつもみたいに「遅れてごめんね」とか言うのかな。それで私も「ううん、大丈夫だよ」とか言って、それでお互いにまたちょっと照れたりするのかな…


 ダメだ…本当、落ち着こうよ、私…


 でも、こうして彼のことを考えながら待つこの時間が、私は好きなんだ。

 だって、この時間も含めて、八神くんとデートしてるんだもん



 …でもふと、一人でいるとやっぱり、また例の件を考え出してしまう。

 もし…もし告白されたら…


 あ、ドキドキしてきた…



「カラン」というドアの開く音で入口の方に視線を向けると、あ…


 私は八神くんの姿を見た瞬間、顔が一気に熱くなって、とてもじゃないけど、彼の顔なんて見られない


(どうしようどうしようどうしよう…)


 私は頭がぐるぐるしそうになっていると、


「七瀬さん…ごめんね、遅くなって」

「え!?…ううん、だ、大丈夫…」


 ほら!ね?だから言ったじゃない!

 八神くんならそう言ってくれるって!


 彼の前でなんとか冷静になろうとする私と、それに反して心の中の私は妙に興奮していて、たぶん動揺が隠し切れてなかったと思う。

 だって、八神くんが心配そうに「本当にごめんね」って。でもその後すぐ、私の気持ちを包んでくれるような優しい顔で見てくれて、それでなんだか私も少し落ち着くことが出来て。

 やっぱり、私はこの人のことが好きなんだって、実感させられる


「ううん、本当に大丈夫だよ。それに、待ってるのも楽しいし」

「え?なんで…?」


 つい口が滑っちゃったけど、そんなの本人に言えるわけないよ


「…なんでもない、忘れて」

「え…はい…」


 ちょっとビクってなってた八神くんだけど、二人で選んで買った、あの時の小さい箱を私に差し出してくれて、


「誕生日おめでとう」

「…うん…あ、ありがとう…」

「中身は…もう知ってるもんね」

「ええ、そうね」


 朝、Lineの文字だけで嬉しくなってたけど、こうして目の前で、大好きな八神くんから言ってもらえるのは、やっぱり全然違ってて、恥ずかしいとかそんなのより、私の中ではただ嬉しいという想いで一杯になっていた


(初めてのお揃い…嬉しい…)


 私がそう感じていると、


「えっと、あと…」

「うん?なに?どうしたの?」

「うん…あの…これも…」

「え…これ…なんだろ。開けてもいい?」

「うん…」


 後から少し大きめの、綺麗にラッピングされたプレゼントも渡してくれたけど、なんだろう…軽い…


 ゆっくりとリボンをほどいて、中身を取り出してみると


「わぁ…これ…」

「うん…。前、一緒にゲーセン入った時、こういうの見てた気がして、それで…」


 これ…これって、あの時見た子だ。

 このスンってなってるのが、ちょっとふてぶてしい感じが、たまらなく可愛い


「可愛い…」


 ついそう口から出ちゃったけど、とにかく可愛い。あ、今、顔緩んでるかも…


「あの…喜んでもらえた…?」

「うん!」


 私の様子を見て、八神くんもほっとしたような表情になり、それからまた優しい笑顔になって見てくれてる


「この子、どうしたの?」

「うん。さっきもちょっと言ったけど、この前一緒にいた時、UFOキャッチャーの前で立ち止まって、そのぬいぐるみ見てたの思い出して、それでね」

「そうだったんだ…」


 そっか。あの時、八神くんは私のことちゃんと見ててくれて、覚えてくれてたんだ。

 この人は本当に…


「う、うん。気に入ってもらえたみたいで、本当によかったよ」

「…もう…こんなの…」

「え?」

「私…私……」


 私…こんなの…もう、どうすればいいの?

 八神くん…教えてよ…


「あ、あと、飲み物だけ頼んだんだよね?」

「う、うん…」

「誕生日なんだから、どれか好きなケーキ、一つだけ、これも俺からのプレゼントだよ」

「っ!」

「え?えっと…どれがいい?」

「…こんなの…ずるい…」

「え?なにが…?」


 更にこんな追い討ちまでしてくるなんて…

 どこまで私を喜ばせれば気が済むんだろう。

 これでも私のこと、好きじゃないの?

 ねえ、ただの友達?

 それとも、友達ってこういうものなの?

 女の子友達なら分かるけど、いちお異性なんだよ?

 もう…もう!!


「ふふ…」

「な、なによ!」

「ううん、なんでもないよ」


 うぅ…そんな優しい笑顔とか、カッコよ過ぎるんですけど…





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 苺のタルトをご馳走様してもらい、もう凄い満足で駅まで送ってもらったんだけど、


「今日はありがとう」

「ううん。俺も喜んでもらえて嬉しかった」

「そ、そう…」

「うん」

「あ、あの…」

「ん?どうしたの? 」

「あの…」

「うん」

「…これでお終い…だよね?」

「ん?時間になったら俺も帰るよ?」

「…うん。分かってる…」

「うん」

「………」

「……ん?」


 結局、八神くんはそれ以外のことは特に言ってくれる様子もなくて、チラチラ彼を見てみるけど、少しキョトンとしてこっちを見てるだけで、


「どうしたの?」


 はぁ…


 告白してもらえなかったのはもちろん残念だったけど、でも…でも、本当に凄く嬉しかったし、楽しかった


「ううん。なんでもないよ」


 私がそう答えると、八神くんはなんだかちょっと狼狽えてる。どうしたんだろう


「ふふ…八神くんの誕生日の時、ちゃんとお祝いしてあげるから。ね?」

「は、はい…」


そうよ…今度は私の番…ふふふ…







 電車に乗って家に帰り、自分の部屋に入ると、私は八神くんに貰ったぬいぐるみを抱いたまま、ベッドにダイブする


 この子の顔を見ながら、さっきまで一緒にいた彼の顔を思い出し、


「もう…大好き…」



 こうやって、言えればいいのに…




 私はそのまま、この子をギュッと抱きしめてすりすりしてしまい、また一人で照れてしまったけれど、八神くんと二人で過ごした、17歳になった今日の誕生日は、今までの中で一番嬉しくて、幸せなものだった





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