第64話 言えないよな
授業が終わり放課後となった瞬間、俺は鞄を肩に引っ掛け教室を出る。
早く家に帰って、荷物持って、少しでも早く行かないと
いつもの帰り道、「自転車で来ればよかった」なんて思いながら、一人走る
少し息を切らしつつ、なんとか家まで帰ってきて、扉を開け階段をかけ上がり、部屋に入ると、七瀬さんと二人で買いに行ったお揃いのシャーペンの入った小箱と、咲希にも少し手伝ってもらってラッピングした、例のモノが視界に入る
うん。その顔を思い返しても、俺にはやっぱり可愛いとは思えない。でも、彼女がそう言うんなら、きっとそうなんだろう
「…よし、行くか」
荷物を持ってそう呟き、俺は今度は自転車に跨り、約束しているカフェを目指した
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
お店に着いてスマホを確認すると『中で待ってるね』と通知が来ていた。
店内に入り中を見渡すと、彼女の姿を見つける
七瀬さんはいつもと違い、どことなく緊張している雰囲気で、俺に気が付くと顔を赤くして、すぐ視線を外されてしまった
(あ…待たされて怒ってるのかな…)
俺が余計なことさえしなければ、普通に学校で渡せたし、わざわざここまで来てもらう必要もなかったんだから、それも仕方ないのかもしれない
「七瀬さん…ごめんね、遅くなって」
「え!?…ううん、だ、大丈夫…」
大丈夫と言いつつ、それ、絶対大丈夫じゃないやつだよね?ていうか、なんでそんなにあわあわなってるの?
俺がもう一度「本当にごめんね」と謝ると、今度はさっきより少しだけ落ち着いて、
「ううん、本当に大丈夫だよ。それに、待ってるのも楽しいし」
「え?なんで…?」
「…なんでもない、忘れて」
「え…はい…」
急にスンってなられて、俺はよく分からなくなったけど、とにかく、持って来たプレゼントを彼女に差し出した
「誕生日おめでとう」
「…うん…あ、ありがとう…」
「中身は…もう知ってるもんね」
「ええ、そうね」
やっといつものような笑顔になってくれ、シャーペンの入った小箱を受け取ってもらえて一安心する
「えっと、あと…」
「うん?なに?どうしたの?」
「うん…あの…これも…」
「え…これ…なんだろ。開けてもいい?」
「うん…」
なんかこのやり取り、前にもあったな。
あれだ、ホワイトデーの時だ。あの時と同じくらい、いや、もしかしたら、それ以上に今緊張してるかも…
「わぁ…これ…」
「うん…。前、一緒にゲーセン入った時、こういうの見てた気がして、それで…」
それは猫のぬいぐるみなんだけど、顔はどう見ても可愛い感じじゃなくて、どちらかと言えばふてぶてしい、俺にはどこが可愛いのかさっぱり分からない代物なんだけど、七瀬さんはぱぁっと笑顔になると、
「可愛い…」
ソレダメ、ゼッタイダメ
いや、俺も一瞬ちょっとおかしくなりかけたけど、その顔は無理、反則
そんな表情が緩んで、にへら~って顔されるとか思ってなかった。こんなの想定外だよ
「あの…喜んでもらえた…?」
「うん!」
うん。どうやら本気で可愛いと思ってくれてる様子。少し心配だったから、肩の荷が下りる感じだ
「この子、どうしたの?」
「うん。さっきもちょっと言ったけど、この前一緒にいた時、UFOキャッチャーの前で立ち止まって、そのぬいぐるみ見てたの思い出して、それでね」
「そうだったんだ…」
その猫のぬいぐるみをキュッと抱きながら、少し瞳を潤ませて、俺を見ている彼女
え…ど、どうしたらいい?
「う、うん。気に入ってもらえたみたいで、本当によかったよ」
「…もう…こんなの…」
「え?」
「私…私……」
喜んでくれてるのは分かったんだけど、さっきから抱いてるぬいぐるみが、その…変形するくらい強く抱いてない?
「あ、あと、飲み物だけ頼んだんだよね?」
「う、うん…」
「誕生日なんだから、どれか好きなケーキ、一つだけ、これも俺からのプレゼントだよ」
「っ!」
「え?えっと…どれがいい?」
「…こんなの…ずるい…」
「え?なにが…?」
少し拗ねた素振りで顔を背ける七瀬さんだけど、さっまでよりも顔は赤くなってて、なんなら耳まで真っ赤になってる
「ふふ…」
「な、なによ!」
「ううん、なんでもないよ」
可愛いよ…なんて、言えないよな
でも、いつか言えたらいいな
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
駅まで七瀬さんを送って、電車の時間まで、少しだけまだ一緒にいた
「今日はありがとう」
「ううん。俺も喜んでもらえて嬉しかった」
「そ、そう…」
「うん」
「あ、あの…」
「ん?どうしたの? 」
「あの…」
「うん」
「…これでお終い…だよね?」
「ん?時間になったら俺も帰るよ?」
「…うん。分かってる…」
「うん」
「………」
「……ん?」
チラチラとこっちを見てくるけど、どこかそわそわしてるような、落ち着かないような
「どうしたの?」
七瀬さんは俯いて「はぁ…」と、小さいため息をついたように見えたけど、次に顔を上げて俺を見た時には、
「ううん。なんでもないよ」
と、こっちがドキドキするくらいの笑顔でそう言ってくれて、
「ふふ…八神くんの誕生日の時、ちゃんとお祝いしてあげるから。ね?」
「は、はい…」
「じゃあまた明日」と言ってホームに入って行く後ろ姿を見つめながら、七瀬さんは喜んでくれたみたいだし、本当によかった…と心の底から安心した俺に、帰り道の自転車のペダルは、いつもより軽く感じられるのだった
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