第61話 もう二度と


 というわけで、俺は七瀬さんに案内してもらって、繁華街にあるこの街でたぶん、一番品揃えの充実した文具店にやって来た。


 店内に入ると、ノートからメモ帳やら、これは本じゃないのか?と思うような物まで、ボールペンにしても何にしても、とにかく種類が多い。


「これは…」

「ふふ。八神くん、ビックリしてるでしょ」


 実際、今まではシャーペンにしても何にしても、その辺で適当に良さそうなのを買ってただけだし、選ぶと言っても、この中から選ぶのはなかなかじゃないのか…?


 七瀬さんは「これ使いやすいんだよ」とか、「前はこれ使ってたの」と教えてくれて、こういう一つ一つの文房具に愛着を持ったりするのも、勉強するモチベに繋がるのかもしれない、と思ったりして、少し考えを改める


 いろいろ説明してくれる彼女は本当に楽しそうで、また新しい一面を見れたような気持ちにもなり、俺は嬉しく思っていた


「それで、シャーペンなんだよね?」

「うん。いっぱいあるよね」

「俺も適当に見てていい?」

「うん、もちろん。良さそうなのあったら教えてね」

「分かった」

「あと…」

「うん。なに?」

「あと、あんまり離れないでね…」

「…ん?」

「ね?」


 俺の上着の袖をちょこんと摘んで、上目遣いで俺の事を見てくる七瀬さん。

 こんなの…こんなの…!


「は、はい…」

「ん。よろしい」


 うぅ…めちゃくちゃドキドキした…。

 もうシャーペンとかどうでもよく思えてきたけど、でも、七瀬さんのために選ぶんだから、うん。そこは真剣に見ないと


 しかも…お揃いとか…

 ちょっと恥ずかしいけど…そんなの…そんなの嬉しいに決まってる


 なんとなくだけど、二年生になってから、七瀬さんは少し変わったと思う。

 とにかく、何をするにもいちいち可愛い。

 さっきの、ちょっと照れた感じで俺の服の袖摘むのとか、あんなのずるい、反則だよ…


 もしかして、俺が彼女のことを好きだと自覚したから、余計にそう見えちゃうんじゃないのか?

 元々みんなから高嶺の花だと思われてる七瀬さん。言うまでもなく、その美少女っぷりは学内ではおそらく、皆が知っていると思う


 そう


 だから俺は自分の気持ちを踏み留まさせることが出来る。彼女は俺の事を、仲のいい男友達だと思ってくれてるんだ。瑠香さんのことがあったから、俺のことを信用して接してくれてるんだ、と



 でも…


 本当に…本当にそれだけ…なのか…?



 本当にそれだけで、こうして俺と一緒に出かけたり、お揃いのシャーペンを買おうとか、仲のいい友達なら…それは普通のことなんだろうか…


「八神くん。どう?いいのあった?」

「え?あ…ううん、もうちょい見てみる」


「種類多くて迷っちゃうよね」と、楽しそうな、というよりその嬉しそうな笑顔に、つられて俺まで笑顔になる


 そんな無邪気な笑顔を…こんなふうに、俺と一緒にいてくれるだけで、俺は…




『勘違いしないでね』


 そう。ここ最近、よく頭の中でその言葉が聞こえる。俺が七瀬さんのことを好きだと感じれば感じるほど、誰かは分からないんだけど、どこかで聞いた声で、そう言われる



 中学の時にも、これと同じようなことが一度あった。

 クラスで比較的仲の良かった女子がいて、その子は委員長もやってたし、たぶん面倒見もよかったと思う。

 その子はもちろん男子からも人気があったし、可愛かったと思う。もちろん俺も好きになってたんだけど、その時もやっぱり同じように、この声が聞こえた。


 その時はそのまま何事もなく、その子とどうこうなるわけもなく今に至るんだけど、今回は奏汰にも少しだけ話していた。

 でも、


「俺なんかとは釣り合わないもんな」

「どういう意味?」

「だって、七瀬さんみたいに、誰もが知る美少女な彼女と、地味でパッとしない、どこにでもいるつまんない男子の俺だよ?」

「…それ、本気で思って言ってるの?」

「そ、そうだよ…」

「それ、自分だけじゃなくて、七瀬さんのこともバカにしてるって思わないの?」

「え?どうしてそうなるんだよ」

「他人が見て釣り合う釣り合わないとか、どうでもいいんじゃないの?大切なのは、本人がどう思ってるかだよ」

「そりゃ…そうだろうけど…でも…」

「じゃあ、遥斗が言うように、七瀬さんはその地味でパッとしない、どこにでもいるつまんない奴と、なんで一緒にいるわけ?」

「そんなの…」

「自信満々で、俺が俺がみたいな奴よりかはまだましかもしれないけど、遥斗みたいに、あまりに卑屈すぎるのもどうかと思うよ」


 確かにその通りだと思う。それは分かってるつもりなんだ


「それにね、七瀬さん、お前と一緒にいて楽しそうなんでしょ?その、あの子の気持ちも考えてあげなよ」


 たぶん、俺には何か乗り越えないといけないものがあるんだろう。だからこそ、奏汰はここまで言ってくれたんだと思う


 それなら…






「いいの見つかったね」

「うん。色違いだけど、見た目シンプルで、長く使えそうだよね」

「うん!」

「じゃあ、当日までは俺が預かっとくね」

「あ!先に使ったら駄目なんだからね?」

「分かってるよ」



 この笑顔の七瀬さんを…その隣でずっと見ていられるように…


「じゃあ帰ろうか」

「うん」





『勘違いしないでね』


 分かってる


 もう二度と、俺は勘違いなんかしない

 俺はもっと彼女のことを知って、そしていつか、彼女にも俺のことを好きになってもらえるように…



 手は繋いでないけど、俺のすぐ隣を変わらずの笑顔で歩く七瀬さん


 俺は自分のためにも、そしてたぶん、彼女のためにも、これから前を向いて行こうと思うのだった






 ……………………………………………


 はじめましての方もそうじゃない方も、こんにちは。作者の月那です。


 ここまで長かったですが、ようやく八神くんも前向きになれましたし、七瀬さんも積極的になったようなので、ここまでを第二章とし、次話からを新章とすることにしました。


 これから第一話の約束の時まで、そしてその後のお話が書ければいいなあと思ってますので、よろしければまたお付き合いくださいね。

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