第56話 何もかも違う(彩香side)


 昨日はいろいろあって、もちろん考えちゃうこともあったけど、それでも、今まで以上に八神くんのことを知ることが出来て、やっぱりよかったと思う


 今頃どうしてるんだろう。

 今日は入学式。妹さんは確か今年からうちの高校に入るんだよね。

 クリスマスに会った時はほとんど話も出来なかったし、たぶんお互いに警戒してたっぽいし、私、あまりいいように思ってもらえてないかもしれない


 八神くんの妹なんだから、私も仲良くしないとね。だって、あ…いや、なんでもない…


 …それより…私、ずっと八神くんのことばっかり考えてない?


 ちょっと恥ずかしいな…

 私、こんなに好きになるなんて、思ってなかったよ…


 くっ…と、とりあえず、Lineしてみよう


『明日始業式だけど、同じクラスになれるといいね』


 今年は無理かもしれないけど、八神くんも頑張ってたもんね。うんうん


『そうだね。一緒だといいね』


 いちいち嬉しくなるんだけど…!

 冷静に…そう、冷静に…


『ところで、今なにしてるの?』

『妹が入学式だから、さっきそれを見送って、今は一人でダラダラしてたよ』

『じゃあ、今は暇なの?』

『そうなるかな。七瀬さんは?』

『私も似たような感じかな』


 ああ…もう…

 こうしてるだけで会いたくなっちゃう…

 いい…よね…?


『じゃあ、今から会わない?』


 あ…送っちゃったけど…大丈夫かな…


 少し心配になっていると、彼から返信が


『いいよ。どこで会おうか』


 私は思わずガッツポーズとかしちゃって、ここまで夢中になってる自分に可笑しくなって、笑ってしまうのだった





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 待ち合わせ場所には、約束の30分も前に着いてしまった。

 だって、家でじっと待ってられなくて。それに、ここでこうして八神くんのことを考えながら待つのも、それもなんだか嬉しいし


 …これ、もう完全にデートでしょ…


 ちょっとニヤけそうになるのを我慢してると、ふと声をかけられる


「やあ。君、可愛いね。一人なの?」


 は?誰?


 いかにもチャラそうな学生っぽい男の人が、気持ち悪い笑顔で私に話しかけてきた。

 私は軽くあしらって無視してたんだけど、なかなか離れてくれそうにない


 もう…早く八神くんに会いたいのに…



「ねえねえ、彼氏待ってるの?君みたいな子待たせるなんて、考えられないよ」


 私が勝手に早く来ただけなんだから、もうどっか行ってくれないかな


「それか、一人なら俺と一緒にご飯でも食べに行こうよ」


 行くわけないでしょ。もう、最悪


 せっかく八神くんと会うんだから、ちょっとオシャレもして、楽しみに来たのに。


 私もいい加減、場所移動しようかなとか思い始めた時、


「すみません。その子、俺と約束してるんで、他当たってもらっていいですか?」


 …え?

 八神くん…?



 八神くんはたぶんワックスか何かで髪をいじってて、無造作に所々跳ねて、前髪もいつもは普通に下ろしてるだけなのに、少しだけそれも上がってて、印象が全然違う




 やだ…カッコいいんだけど……




 え?というか、もしかして…八神くん…

 私と同じように、オシャレしてくれたの?


 そうなの?


 そんなの…もう……




「あ?」

「八神くん…」

「行こ?」


 八神くんはそう言うと、私の手を取り、歩き出そうとした


「チッ…なんだよ、どんなイケメンが来るのかと思ったら、こんな男かよ」


 本当に腹が立つ。なんなのよ、この人

 せっかくいい気分になってたのに!

 八神くんはカッコいいもん!!


「こんなやつとより、俺と行こうよ。ね?」


 こんな?こんなって何?

 私のことを舐め回すように見てた人が、八神くんのこと、そんなふうに言わないで


「もうほっといて。それに、彼のこと、これ以上悪く言わないで。八神くん、行こ」

「うん…」


 少し口を開けて呆然としてるのを無視し、八神くんの手を引いてその場を離れる


 少しイライラしながら歩いていると、


「あの…なんかごめんね…」

「え?なにが?」

「その…うまく助けてあげられなくて」

「ふふ。そんなこと気にしてたの?」


 シュン…ってなって、申し訳なさそうに八神くんは言ったけど、私は来てくれて凄く嬉しかったし、それに…そんなふうに髪いじってるのなんて見たことなかったから…


「八神くん…」

「え?」

「ありがと…う、嬉しかった…」

「うん…」


 八神くんは照れくさそうに目線を逸らして、顔も少し赤くなっているけど、たぶん私も同じようになってるんだと思うけど、


 (はぁ…可愛い…)


 カッコよくて可愛いなんて…こんなの絶対に、誰にも見せてあげないんだから





 私はさっきのこともあるし、やっぱり少し不安な気持ちもあって、なんとなく彼にくっついてると、


「あ…それ…付けてくれたんだ」

「え?う、うん…」


 そう。今日私は、八神くんにもらったヘアピンを初めて付けてきた。初めてというのは、なんか付けるのが勿体ないというか、ずっと机の引き出しにしまって、大事に置いておいたのだ。

 でも今日はせっかくだから、思い切って付けてみたんだけど、鏡の前で止めてる時に、嬉しさと恥ずかしさでプルプルなってたのは、もちろん彼には内緒


「ありがとう」

「うん…。その…ど、どうかな…」


 八神くんは恥ずかしそうに、少しだけ赤くなってたけど、でも、ニッコリと微笑んで、


「似合ってるよ…」

「っ!…」


 …この人は、本当にこれを自覚なしにやってるのが信じられない。しかも今日はいつもと雰囲気も違って、ただでさえドキドキしてるっていうのに…


「ん?」

「…な、なんでもない…です…」

「そ、そう?」


 私はしばらく彼の顔が見れなくて、ちょっと俯いてたんだけど、それでも八神くんの手を離すことなく、肘も当たるくらい近くで、隣を歩いていた


 彼と前に遠くのコンビニまで、わざわざあんまんを買いに歩いて行った時は、これくらい八神くんのすぐ隣を歩いてたと思う。

 あの時は恥ずかしがる八神くんを、少しからかうくらいだったはずなのに、今の私に、そんな余裕はない



 あの時とは、何もかも違う


 手を繋いで彼の温もりを感じ、隣にいるだけで嬉しくて、幸せな気持ちになってしまう


 だって、今の私はあの時と違って、もうどうしようもないほど、八神くんのことを好きになってしまっているのだから





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