第55話 あの時と違うのは


「じゃあ、遥斗。留守番よろしくね」

「ああ、いってらっしゃい」

「お兄ちゃん、行ってくるね」


 翌日。今日はうちの高校の入学式。

 晴れて今年から高校生となる咲希は、母さんと一緒に出かけて行った。


 制服も、中学のセーラー服からブレザーになっただけだと思ってたけど、こうして改めて見ると、女の子らしくなり…まあ、可愛くなったと思う…

 そして俺はなんとなく、その咲希の姿から七瀬さんを思い出していた


 今頃どうしてるかな。

 昨日たくさん遊んだし、疲れてのんびりしてるかな


 そう思い、俺も少し一人でダラダラするか、なんて思っていると、スマホからLineの通知音が。

 メッセージはその七瀬さんからだった


『明日始業式だけど、同じクラスになれるといいね』


 もちろん、2年のクラス分けは明日にならないと分からない。

 今年からそれぞれ4クラス、文系と理系に分けられ、その中でA組とH組が成績優秀者のクラスとなる


『そうだね。一緒だといいね』


 たぶん七瀬さんがA組なのは確定だろう。

 俺は残りの三つのうちのどれかだろうけど、メッセージに書いた気持ちは本心だった


『ところで、今なにしてるの?』

『妹が入学式だから、さっきそれを見送って、今は一人でダラダラしてたよ』

『じゃあ、今は暇なの?』


 まあ、暇かと言われれば暇だ


『そうなるかな。七瀬さんは?』

『私も似たような感じかな』


 やっぱり今日は明日からに備えて、ゆっくりするんだろうな


 そんなふうに思って、返信になんて書こうか考えていると、


『じゃあ、今から会わない?』


 え?今から?


 確かに「留守番よろしくね」とか言われたけど、鍵閉めとけば問題ないし、母さんも俺が一人で出かけても、小さい子供じゃないんだから、心配することもないだろう


『いいよ。どこで会おうか』


 それから七瀬さんと場所を決めて、たぶんお昼も彼女と一緒に食べることになりそうだから、俺は母さんにその旨をLineで伝えて、出かける用意をすることに


 服を着替えて洗面所で鏡を見ると、左の少し後ろのところが寝癖で跳ねてる。

 そういえばこの休み中、奏汰に「面倒な時はこれ、便利だよ」とワックスの使い方教えてもらったっけ。

 後で髪洗うのが大変そうだけど、俺は適当に手に取って、それっぽくクシャクシャってやってみた。


 うん。とりあえず寝癖は隠せたかな…?




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 約束した待ち合わせ場所に着くと、七瀬さんは先に着いていたようだった。

 なんかいつも先に来てくれてて、俺が待たせてるイメージだな。気を付けないと



 七瀬さんは白いブラウスに薄いブルーの膝丈のスカート、上にはクリーム色っぽい春らしいカーディガンを羽織っていて、遠目に見ても爽やかで、それは彼女の良さを引き立てるもので、通り行く人が振り返るほどの立ち姿だった


 でも、あれは…


 彼女に話しかける大学生ふうな男の人がいて、それをかわそうと少し困ったような表情


 わぁ…これ…ナンパされてるよな…


 確かに、ただでさえ学校でも有名な美少女なのに、あの出で立ちの七瀬さんはヤバい。

 知り合いじゃなければ、俺も通行人と同じようにチラチラ見てただけだと思う。



 でも、ここでずっと眺めてるわけにもいかないし、早く助けてあげないと


 近付いて行くと「一緒にご飯でも食べに行こうよ」なんて声が。

 なんかいかにもチャラそうで、声までチャラい気がしてしまう


「すみません。その子、俺と約束してるんで、他当たってもらっていいですか?」

「あ?」

「八神くん…」

「行こ?」


 俺はそう言って七瀬さんの手を取り、この場から一刻も早く離れようとしたんだけど、


「チッ…なんだよ、どんなイケメンが来るのかと思ったら、こんな男かよ」


 …確かに、俺は奏汰みたいなイケメンじゃないし、彼女とは釣り合っていないだろう


「こんなやつとより、俺と行こうよ。ね?」


 まあ、俺から見ても、こいつの方が俺よりカッコいいとは思う。でも、そういう問題じゃないだろ。

 俺は無視して行こうとしたんだけど、


「もうほっといて。それに、彼のこと、これ以上悪く言わないで」


 え?


 少し驚いて七瀬さんの方を向くと、彼女はその男をキッと睨んでいて、本当に怒っているようで、ナンパ野郎も驚いたみたいでポカンとしてて、俺まで少したじろいでしまう


「八神くん、行こ」

「うん…」



 今度は彼女に手を引かれて、俺はその場を後にする。並んで歩きながら、


「あの…なんかごめんね…」

「え?なにが?」

「その…うまく助けてあげられなくて」

「ふふ。そんなこと気にしてたの?」


 いや、だって、なんか結局最後は、七瀬さんに助けられたような感じがしたんだよな


 なんか気まずくて、俺はあまり七瀬さんの顔が見れてなかったんだけど、


「八神くん…」

「え?」

「ありがと…う、嬉しかった…」

「うん…」


 そう言ってくれたその照れくさそうな笑顔に、俺は「うん…」と答えるのがやっとだ。

 でも目を逸らそうとして、左の耳の辺りに少し光る物があることに気付く


「あ…それ…付けてくれたんだ」

「え?う、うん…」

「ありがとう」

「うん…。その…ど、どうかな…」


 恥ずかしそうに、少し上目遣いで聞いてくる七瀬さん。可愛すぎる…


「似合ってるよ…」

「っ!…」

「ん?」

「…な、なんでもない…です…」

「そ、そう?」


 なんだか急に頬を染めて俯いちゃったけど、なんとなく、今までよりも…そう、あのコンビニに一緒に歩いて行った時くらい、距離が近いように感じる…


 でもあの時と違うのは、七瀬さんが悪戯っぽい笑みを浮かべることなく、ただ隣で恥ずかしそうに俯いていること


 そして俺達が、手を繋いでいること…





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