第50話 想定外(彩香side)


『それで?』

「え?それで?って?」

『いきなり電話してきたから何かと思ったら、なに?惚気け?」

「ち、違っ…」


 余りに嬉しくて、つい早川さんに電話で話してしまったけど、スマホの向こうの彼女の声は冷めきっていた


『まあいいんだけど。でもよかったね、付き合えて』

「あの…それはまだというか…」

『え?よく聞こえないんだけど』

「だから!…その…まだ付き合ってない…と思う…」

『え?付き合ったから手繋いで帰ったんじゃないの?』


『へ~、やるね』と言う彼女の声色は、さっきまでと違って楽しそうだ。たぶん、絶対にニヤニヤしてると思う


『それで、八神くんの反応は?』

「黙って俯いてて、あ、私も俯いてたからよく分からないんだけど…でも…」

『うんうん、でも、なに?』

「あのね…少しキュって握ったら、八神くんも握り返してくれたの…」

『はいはい。そういうのはいいから』


 くっ…!

 ついそのまま話しちゃったけど、めちゃくちゃ恥ずかしいことを言った気がする


『まあ、楽しそうでよかったよ』

「うん…」

『でも、普通の男の子なら、七瀬さんが自分のこと好きだって、絶対気付くと思う』

「う…そ、そうだよね…」

『でも…何も言わなかったんだよね?』

「うん…」

『さすがに、もうこれで付き合ってるんだ、なんて思ってないとは思うけど、ちょっと不思議だよね』

「不思議…っていうのは?」

『うん。たぶんだけど、普通の男の子なら絶対に好きになってくれてるって思うようなことでも、八神くんは違うのかも』

「え…そう…なの?」

『いや、分かんないけど、なんとなくそう思っただけ。気にしないで』


 電話をする前はちょっと舞い上がってた私だけど、早川さんと話して、少し彼のことを冷静に考えてしまった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 三月のうちは部活もあり忙しかったようで、春休みに入って八神くんと会うのは、年度の変わった四月からになった


 もちろんLineのやり取りはしてたけど、相変わらず「元気?」「今日は天気いいね」とか、そんな特に内容のないやり取りが多かった。それはそれで何もないよりはいいけど、やっぱり少し寂しくも思う。

 でも、彼からのあるメッセージで、それは一変した。それは『奏汰に、あいつの彼女と俺と七瀬さんの四人で、遊園地でも行かない?って誘われたんだけど』というもの


 こ、こ、これって…

 これは…ダブルデートというやつでは…


「っ…!」


 そう思った次の瞬間、私はベッドに飛び込んで枕を抱え、声にならない声をあげる


 そんな、もう…これって…

 や、やだ…どうしよう……えへへ…


 足をバタバタさせながら、でも、顔がニヤけてるのが分かってしまう。

それに気付いて恥ずかしいような、でも嬉しいような。そしてまたニヤけそうになり、私は「くっ…!」と、たぶん悶えてる


 そんな…だって、だって私達まだ…


「あ……」


 …そう。そうなんだ。

 私達はまだ付き合ってるわけじゃない。それに柊くん達は付き合ってて、三人は子供の頃からの友達だったはず


 そんなところに私がいて、いいのかな…





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 春休みも残りわずかとなったある日、いつものように八神くんと一緒に図書館で勉強してる時に、あの事を話題に出した


「ところで、本当にいいの?」

「ん?ああ、まだ気にしてるの?」

「だって…」


 もちろんダ、ダブルデート…とか、そんなの興味津々に決まってる。しかも八神くんと遊園地なんて…。

 そんなの自分から誘えるわけないし、たぶん今の彼から誘ってくれることもないだろう。

 だってこうして会ってても、あの終業式の日の事とか気にしてるふうでもないし、全然普通に接してくれてる。


 くっ……私はいつもこんなにドキドキしてて、それを隠してこうして一緒にいるっていうのに…!


 …まあ、もうそれは今はいいとして、やっぱり、私を入れた四人で、ということに少し尻込みしてしまう


「うん。あの、もし気が引けるなら、無理に行かなくてもいいからね」

「え?三人で行くの?」


 ただ普通に友達として遊びに行くだけ?


「いや、そんなわけないよ。七瀬さんが行かないなら、俺も行かないよ」

「え…」


 そ、そうだよね…

 やっぱり、たぶん柊くんは、ダブルデートのつもりで誘ってくれてるんだよね


 私は、行きたいんだけどやっぱり少し不安があって、たぶん八神くんはそれも察してくれて声をかけてくれてる。

 でも、ああもう…どうしよう…


 そんなの一緒に行きたいに決まってる。

 出来れば二人で行きたいけど、それはまだ無理だし…でも、昔から仲良しの三人の中に私が入って、大丈夫かなぁ…


 私がそんな葛藤をしていると、隣に座ってた八神くんは、私の不安を拭い去ってくれるような優しい笑顔で、少し顔を覗き込んできて、私の目を見つめながら言ってくれた


「だから気にしないで、ね?」

「はぅ…」



 な、な…なにこれ…

 …八神くん…それは反則だよ…

 こんな場所でこんなにキュンキュンさせられるなんて、想定外なんですけど…



 …ねえ…本当にわざとじゃないの?

 本当に無自覚でやってるの?

 え?もしかして…


「あの…私、行くから…」

「え…でも、いいの?」

「…うん、行く」

「本当、無理しなくても…」

「もう…行くったら行くの!」

「あ…はい…」



 もしかして…そうやって、いろんな女の子を知らない間に、こんなふうにドキドキさせたりしてないよね?


 そんなの…そんなの駄目なんだからね!






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