第47話 二回言われた


 食券を購入して店内に入り、空いていた二人用の小さなテーブルに座る。

 お互い初めて来たこともあり、結局この店で一番無難なラーメンにしたのだけど、


「やっぱり別の頼めばよかったかな」

「いいんじゃない?初めて来たんだし」

「そうだけど、別々のだと、ちょこっとずつ交換もできたかな、って」

「っ!?」


 普通にそんなことを言い出した七瀬さんに、俺は飲んでたお冷を吹き出しそうになる


「大丈夫?」と首をコテンって傾けて聞いてきてくれるのは、それはそれで刺さるものがあるけど、今問題はそこじゃない。

 分かるよね?分かってるはずだよね?


 そ、そ、それは、つまり…

 …いや、とりあえずこのことは忘れよう



「あ、もう来たよ。やっぱり早いね」


 そんな俺の動揺をまるで無視して、運ばれてきたラーメンに目を輝かせる七瀬さん。

 控えめに言って可愛い。その無邪気な笑顔は反則です


 目の前でふーふーしながら、はふはふと、美味しそうに食べる彼女を見てると、さっきの交換するしないで焦ってた俺って、なんなんだろう。だって七瀬さんは純粋にそう思って言っただけで、深い意味はなかったんだな、って思ったら、恥ずかしくなる


「美味しいね」

「うん、美味しいね」


 俺はなんとなく申し訳なく思いながら、でも、こうして七瀬さんと一緒に同じ場所で、同じ物を食べていることに幸せを感じていた



 食べ終わり店を出て、なんとなく近くのコーヒーショップに入って話すことに


「そういえば話があったんだよね」

「え、うん、まあそうかな」

「なんか深刻そうだったけど、大丈夫?」

「…うん」


 俺が話を振ると、さっきまでの笑顔はなくなり、少し切羽詰まったような、真剣な表情になる


「あのね、私…」

「うん」

「私達、あの時、八神くんが友達になりませんか?って言ってくれてから、友達になったん…だよね?」


 あの時…あのクリスマスの時の話だね


「そうだね」

「ねえ…友達って…どこまでが友達なの?」

「え?」


 が友達って…え?


「今こうして、一緒にごはん食べに行ったり、お茶してるのは友達?」

「そうだと思うけど…」

「じゃあ、お休みの日に約束して、一緒に遊びに行くのは?」

「うん、それも友達だと思うよ」

「じゃあ、春休みとかでしばらく学校もなくて会えなくて、それでも会いたくなったら、ただ会いたくて会うのは?」


 彼女の真剣な眼差しにたじろいでしまうけど、それも当たり前といえば当たり前なんじゃないかな


「う、うん、それも普通なんじゃないの?」

「じゃ、じゃあ…私が…会いたい…って言えば…会ってくれるの…?」

「…っ!」


 テーブルの上で両手の指をちょんちょんと合わせながら、瞳を潤ませて、頬も赤く染めて、上目遣いでこちらを覗き込むように見てくる七瀬さんに、俺は思わず息を呑む


(なにこの破壊力…)


 …少し意識が飛びそうになった

 ヤバい、これはマジで危なかった


 固まって何も言えなくなってた俺に、彼女は不安そうに「だめ…?」と、更なる追い討ちをかけるように見つめてくる


「ううん、駄目じゃないよ」


 なんとか今出来る精一杯の平静さを装い、俺は七瀬さんに答えた。

 すると、ぱあぁ…っと、その不安そうな表情を一瞬に笑顔に変え、「よかったぁ…」と呟く彼女に、俺は撃ち抜かれそうになる。

 いや、もう撃ち抜かれたと言っていい


(駄目だ…これは無理…可愛すぎる…)


 俺は少し俯いて、悶えそうになるのを必死で堪えていた


「じゃあ…」と言う声を聞いて、俺は話も終わったから、そろそろ店を出るんだな、って思って顔を上げる


「八神くん、春休み、たぶん暇って言ってたよね?」

「え?うん」

「暇で予定がない時は、私と会おっか」

「…え?」

「私と会おっか」


 二回言われた。二回、七瀬さんに言われた


「あの…でも、俺なんかでいいの?」

「私がいいの」

「うん…」

「あとね」

「え?うん」

「その「俺なんか」っていうの、やめて」

「え…」


 いや、だって、俺と七瀬さんじゃ釣り合わないじゃんね。そう思っても仕方ないよ


「私は自分の友達を、そんなふうに見てないよ。八神くんが「俺なんか」って言うなら、それこそ私の方が「私なんか」だよ」


 そう言われて、確かにそうだと思った。

 俺が自分を卑下するのは勝手かもしれないけど、俺のことを友達だと思ってくれてる人からしたら、こういうのはいい気がしないだろう。奏汰にも「自信持ちなよ」とか散々言われてたな


「ごめん、そうだね」

「うん、そうだよ」


「ふふ…」と微笑んでくれた七瀬さんと一緒に店を出て、俺は駅まで送ろうと思って、そのまま一緒に歩いて行こうとしたら、


「まだ時間も早いし、もう少しいい?」

「大丈夫なの?」

「うん。今日はね、どうしても一緒に行ってもらいたい場所があったの」

「へぇ、どこ?行くよ」

「うん!」



 そこから七瀬さんに連れられて、本屋さんに来た。春休みに俺の勉強を見てくれる時のため、参考書なんかを一緒に見て回る。

 あと、お互いに好きな漫画なんかの話をしながらそれも見たりして、なんだかんだで俺も楽しかった。


 七瀬さんは外に出てからもご機嫌で、少しはしゃいでる姿が、なんだか普通の女の子みたいで新鮮に感じてしまって、そもそもそんなふうに思ってしまう自分がいけないんだな、って改めて思った。


 そしたら、勢い余って車道の方に出そうになった彼女。俺は咄嗟に七瀬さんの手を握り、こちらに引き寄せた


「もう、はしゃぐのはいいけど、危ないから駄目だよ?」

「…は、はい…」

「ん?どうかした?」

「え…あ、あの、いや、なんでも…」


 どうしたんだろう。さっきまであんなに元気だったのに、急に汐らしくなって


「ほら、別に怒ってないから、行こ?」

「…う、うん…」


 そして歩き出そうとして、気が付いた。

 まだ彼女の手を握ったままだということを


「あ!!…ご、ごめん!」


(そういえば前にもこんなのあったな…)


 俺が慌てて離そうとすると、「べ、別にいいよ…」と言って、軽く俺の手を握ってくれる七瀬さん


 これ、え?でも、いいのかな…




 夕暮れの街を、手を繋いで歩いていく俺と彼女は、これからこのまま…友達として仲良くやっていけるのかな…それとも…




 お互い少し俯いて、何も話さないで歩いて行くんだけど、駅に着いて彼女と別れるまで、その繋いだ手が離されることはなかった





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