第44話 待ってなさい(彩香side)


 普通、楽しみな事が後に控えていると、時間の経つのは遅く感じるはずだけど、午後からの授業はあっという間に終わってしまって放課後に。

 自分で決めたように、ちゃんとうまく聞けるかな、とか思ってたら不安になってきて、それでかもしれない。



 教室では、クラスの女の子達がホワイトデーのお返しを貰ったり、なんならその場で告白されてるようなのも見ちゃったりで、こっちまでドキドキしてくる。


 私は荷物をまとめて席を立ち、八神くんと約束した場所に向かうことに。

 着くとまだ彼は来てなくて、ふと上を見上げるといくつか桜の蕾が見えて、そろそろ春が来るんだなぁ、なんて思ってて。


 でも、やっぱり緊張はする。

 でも、緊張してるだけじゃ変われない


 そう思ってると、ジャリっと砂を噛む足音が聞こえて、そっちに視線を動かすと八神くんがいて


「ごめんね、遅れちゃって」

「くぅ…」


 …相変わらずこのシチュエーションは、私にはくるものがある。

 ニヤけそうになるのを必死で我慢してると


「わざわざ来てもらってすみません…」


 軽くビクついて敬語で謝る八神くんに、少し不機嫌になる私


「え?なんで敬語?」


 私が訝しげに彼を見ていると、狼狽え気味な八神くんは、鞄から小さな箱を取り出して、私の方に差し出してくれた。


 なんだろう。お菓子とかではなさそう…

でも箱が凄く小さいよね

…え?もしかして指輪とか!?

え!?早くない?

だ、だって、私達まだ…手も繋いだことないのに、そんな……あ、一度だけあったっけ?でも、そ、そういうのはもっと、お互いのことをよく知ってから…あぁ、でも、どうしよう…後から知っていくっていうのも、それはそれでありなのかな…


「あの…これなんだけど…」

「ありがとう…」


 受け取っちゃったけど、いいのかな…

本当にいいのかな…

でも、さすがに違うよね…

うん!いくらなんでもまだ早過ぎるよね!


 でも、やっぱり中身が気になっちゃう…


「…開けてみてもいい?」

「うん…」


 本当は家に帰ってから落ち着いて、一人でニヤニヤしながら開けたかったけど、でも我慢出来ない…


 ラッピングの包装紙をゆっくり外して開けてみると、


「これ…」


 これ…あのヘアピンだ…どうして…



 八神くんは俯いて、焦ったふうに言う


「あ、あの!えっと…前に一緒に図書館で勉強してた時、たまに髪を耳にかけたりしてたから、そういうのあったらいいかな、とか思って…それで…」



 そっか。ちゃんと私のことも見てくれてたんだ。それで…



「…八神くん……あ、ありがと…」

「え?」



 なんか変な想像してた自分が恥ずかしかったけど、それ以上に、八神くんがプレゼントしてくれたことが嬉しくて、このヘアピンも彼も、愛おしくてたまらなくなって


 私はどうしようもなく目の前の彼に抱きつきたくなったけど、さすがにそれは我慢して、八神くんに触れる代わりに、この彼から貰ったヘアピンを、彼の代わりに握り締める



「これ…私…大事にするね」

「うん。そう言ってもらえると俺も嬉しいよ。ありがとう」


 なんとか頑張って冷静に答えたのに、八神くんは綺麗な笑顔で私を見てくれて…

…こんなのずるいよ

キュンってなるのが収まんないよ…


「はぁ…」

「え?」

「本当…八神くんはずるい…」

「え?なにが?」

「え!?いや、なんでもないから!」


 つい言葉に出てたみたいで、キョトンってなってる八神くんに、「いい?なんでもないからね!」と念押ししておく


 全く…この人は無自覚なんだよね…

 私だけこんなになってるのは許せないよ


 そうだ。いろいろと八神くんに聞こうと思ってたんだった。

 私から質問されたら、「なんで?もしかして…」ってなってくれて、少しくらいはドキドキしてくれるかな…



「…あのね、私、誕生日5月なの。八神くんは?」


 ほら、どう?


「お、俺は8月だけど…」


 え?なんか普通だよね。

 むしろキョトンってなってるのが、さっきより増してる感がある


「8月の何日?あ、私は5月の10日」

「あ、俺も10日なんだ。8月10日だよ」


 え…同じ10日なんだ…やった…


「…そう。分かったわ」

「え?」

「え?」

「え?」

「なに?」

「いや、なんでもないです…」



 思ってたリアクションじゃない八神くんに、少しつまらなく思った私だけど、でも彼の誕生日を教えてもらったし、私の誕生日も教えることが出来た


(とりあえず今日はこれで満足ね)


「それじゃあ、今日は帰るわ」

「あ、はい…」




 なんだか最後まで納得出来るリアクションを見れなくて、腑に落ちないところがたくさんあったけど、八神くんと別れて一人になってから、私は鞄にしまったヘアピンを取り出して、そっと髪に止める


 あ、たぶん今、絶対ニヤニヤしてそう


 そう思って自撮りしてみたら、そこには大事そうにそっとピンに手を添えて、少し瞳を潤ませ、頬も赤く染めて、嬉しそうにカメラを覗き込む私が写ってて、



 私…私、自分のこんな顔…初めて見た…

 こんな顔になっちゃうんだ…


 途端に恥ずかしくなって、自分で顔を覆っちゃったけど、でも、仕方ないよ

 だって、だって…好きなんだもん…


 もう…絶対に私のことも好きにさせてみせるんだから…


「待ってなさい、八神…遥斗くん…」



 初めて下の名前を口に出して照れる私。

いつか普通にそう呼べるようになりたいし、私のことも…名前で…呼んでほしい…



 その時のことを想像して、クネクネしちゃいそうなのを我慢して、明日からも頑張ろうって自分に言い聞かせる私は、たぶんご機嫌で駅に向かっていた





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