第45話 いいよ


 あれから七瀬さんと会うと、よく話すようになった。

 でも少し難しい顔をして、小声で何かブツブツと呟いてる時もあったりするので、そんな時は普通に心配になる。




 そして終業式の日。

これでこの高校一年生の一年間が終わることになり、明日からは春休み。部活で学校に何日か行く日はあるけど、それも本当に何日かだし、しかもだいたいは午前中まで。


 だから俺は七瀬さんに「春休みって忙しいの?」と聞かれた時、「そこまでじゃないよ。たぶん暇」と答えた


「じゃあ、何してるの?」

「なんだろね。ゴロゴロしてるかな?」

「…やだ…想像しちゃった…」

「なにを?」

「こっちの話よ」


 急にスンってなられると怖いんだけど


「七瀬さんはどうしてるの?」

「今まではだいたい家にいて、家の事手伝ったり、勉強したり、かな」

「ああ、やっぱ勉強はするよね」

「八神くんは?」

「進級テストもあるし、ある程度は…」

「…その顔はやらない顔よね」


 まあ…そうとは言い切れないけど、その可能性は否定できないな


「まあいいわ。また教えてあげる」

「え?いいの?」

「うん。それはいいんだけど、でも、学校がないとなかなか…ね」


 それはそうだよな。七瀬さんは電車通学だし、この前の図書館も、高校から少し離れたくらいの所にあったからいいけど、わざわざ春休みにここまで出て来るのはな


「そうだね。また新学期始まったらかな」

「………」

「七瀬さん?」

「今日…終わった後、時間ある?」

「今日は部活もないし、すぐ帰るつもりだったし大丈夫」

「ちょっと、相談が…」


 何か決意に満ちた目でこちらを見る七瀬さんに、これはよほど重要な話なんだなと思った俺は、「いいよ」とすぐに答えた





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 このクラスでの最後のホームルームが終わり、解散する前に、せっかくだから少しみんなで話していた


「そういえばさ、八神って、七瀬さんと仲良くない?」

「どうだろう。普通じゃないの?」

「よく話してるの見かけるし」

「まあ、話すのは話すよ」

「クラスも違うのに、どこで接点があったんだ?羨ましいよな」

「本当、なんだろね」


 まさかお姉さんのことを持ち出すわけにもいかないし、適当に誤魔化しておく


「でも、いつも問い詰められてない?」

「…え?」

「なんかさ、見てると、そういうふうに見えて、うちらも話に入っていけないんだよ」


 うん。確かにそういうのあるね。

 実際、最近は俺もそう感じることが多々ある。この前は制服のスカート丈のことをやたら聞かれた。膝が見えた方がいいのかどうなのか、とか。本当、どうしたんだ?


「遥斗?七瀬さん来てるよ?」

「え?あ、本当だ」

「なっ!?なんでここに…!」

「今日、このあと約束してたから」

「なんでだよ!」

「なんでだろうね」


 あまりに俺が普通にそう返したからか、今話してた連中も「そ、そうか…」みたいになってる


「遥斗は友達なんでしょ?」

「奏汰?ああ、そうだな、友達だ」

「くっ…なんで八神と友達なんだよ…」

「なんでだろうね」

「…もういいよ。じゃあ、またな」

「うん。また4月に」


 この中で来年も同じクラスになれるやつが、いったい何人いるんだろう。来年はもう奏汰もいないし、せめて知ってるやつが一人か二人はいてほしいな。

 そんなふうに思ってると、奏汰が最後、俺にだけ聞こえるように耳元で囁いた


「遥斗?頑張って」

「え?」

「じゃね」

「ああ、うん」


 この「頑張って」っていうのは、間違いなく七瀬さんとのことを言ってるんだろな。それくらいは俺にも分かる。

 でもこの後、なんの話があるんだろう。

 もしかして…もしかする?


 ほんの少しだけ期待を胸に、俺は彼女と一緒に歩き出す



「七瀬さん?相談っていうのは?」

「あの、ここじゃなんだから」

「うん。分かった」


 なんとなく他の生徒達の視線を気にしつつも、俺達はそのまま学校をあとにし、歩いていく


 校舎もすでに見えなくなり、お昼時なのもあって、食べ物屋さんの辺りでは人も多く見られるようになった


(そういえば腹減ったな)


 そう思うとそれしか頭に浮かばなくなって、お腹が鳴りそうなのを堪える


(頼むから今鳴らないで…)


 そしてお約束のように、俺の意に反して彼女の隣で「くぅ~」っと静かに鳴るお腹に、俺はもう消えてなくなりたくなる


「お腹、減ったね」

「っ!…ご、ごめん…」

「どうして謝るの?」

「いや、だって…」


 俺の羞恥をよそに、七瀬さんは笑顔でそう言ってくれて、


「あ!あのお店入ろっか」

「え…?あそこでいいの?」

「うん。一度行ってみたかったんだ」

「そ、そうなんだ…」



 本当に?無理してない?

 俺のイメージだと、七瀬さんはふわふわのパンケーキ食べてるんだけど、なんでよりにもよって濃厚豚骨醤油ラーメンなの?


 確かにこのお店は人気みたいで、クラスでも一時期話題になってたし、昼の一時を過ぎた今でも、行列ができている。

 列に並んでから、念の為、もう一度確認しておくことに


「本当にいいの?」

「いいよ」


 即答かよ。これは本気だな


「分かった」




 隣でメニューを見て悩んでる七瀬さんは本当に楽しそうに見えて、そんな彼女の姿を見ていると、俺も自然と嬉しくなって、なんとなく彼女との距離が、少し縮まったように感じたのだった






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