第42話 敵を知り己を知れば(彩香side)


 週が開けた月曜日。

 私はいつものように学校に向かう


 来週にはこの三学期も終わり、高校は春休みに入ることになる。

 今まではこういう長期の休みがあってもなくても、特に何か感じることもなかったけど、もしこのまま何も起こらず春休みになってしまうと、それは困る


 その理由は、八神くんに会えなくなるから


 学校があれば何かしら彼を見かけたり、話す機会もあるんだけれど、休みの日にまで彼と会う約束をしたりはしていない。

 いや、もちろん、誘えば断られることはないとは思うけど、やっぱりそこは…八神くんから誘ってもらいたいし…


 たぶん、お互い誘う理由がないんだと思う


 え?私だけが誘いたいんじゃないかって?

 そ、そ、そんなこと…ない…と思う…

 思うけど、やっぱり確証はないわけで…


 でも付き合うようになれば、そういう心配もなくいつでも誘えるし、会える時にはいつでも会える。

 もう誰かに気を使うこともなく、堂々と手を繋いでデートしたり…



「おはよ。相変わらず楽しそうだね」

「ちょ、ちょっと…驚かせないでよ…」

「それで?約束できた?」

「うん。14日の当日に」

「よかったね。やっぱり放課後?」

「……え?」

「え?なに?」


(あ…時間とか…約束したっけ…)


 急いでスマホを取り出し、八神くんとのトーク画面を確認してみると、


「あ、七瀬さん。これ、やっちゃった?」

「早川さん…私…」

「既読スルーだよね」

「…そうだよね…」


 あの夜、私、浮かれてそのまま寝ちゃったんだ…


 え?ちょっと?今日は月曜よね。八神くんにLineもらったのは土曜日。

 昨日の日曜日は丸一日スルー。

 ということは…


「八神くん、不安なんじゃない?」

「そう…かなぁ…」

「自分だったらどう思う?」

「…うん…」


 そりゃ不安になるに決まってる。

 せっかくお返しを渡してくれる話をしてくれたのに、私…返事も送らないで、そのままスルーしちゃってた…


「今すぐにでも送りなよ」

「え…でも…」

「ほら!さっさと送る!」


 早川さんに急かされて送ったけど、既読が付いたのはお昼休みで、返事はくれたけど、それも『分かりました』の一言だけで


 この日は彼と会うことはなく、私は不安な気持ちで家に帰ることになった





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 そして迎えた当日の14日。

 昨日Lineで、放課後に昇降口の脇の、桜の木の所で会う約束をしていた


 あれから八神くんを見かけることは何回かあったけど、私はつい顔を背けてしまい、話をするこもなく今日を迎えたけど、朝からなんとなく憂鬱な、でも、少しドキドキしながらその日を過ごしていた。


 そして四限目も終わりお昼休みの時間に、ふとグラウンドの方に目を向けると、体育の授業が終わったクラスの男子達が、校舎に向かって歩いて来るのが見える。

 その中には、八神くんの姿もあった


 もうだいぶ暖かくなってきたし、おそらく持久走を終えた彼は、軽く汗を拭っていた


(やだ…カッコいいんだけど…)


 その時、何気なく八神くんは視線を上げ、私のいる方を見たような気がした


(ヤバい!)


 私は咄嗟に顔を背け、窓際から離れる


 だって、私が彼のことをカッコいいな、なんて思いながら見てたなんて、そんなこともし本人に知られたら…いや、知られてもいいのかな?…ううん、やっぱり恥ずかしい…!


 でも、私って、いつもこんなことばっかりやってる。今の私は、何かがないと、彼と普通に話すのが難しい時がある。

 何か、っていうのは、例えば少し前のテスト勉強とか、そういう会う理由、話す理由がないと、どうしたらいいのかな、って…


 …え?もしかして、八神くんのこと、あまりにも知らなさ過ぎるんじゃない?


 部活はバドミントンやってる、っていうのは知ってる。あと、妹の咲希ちゃんがいる。友達は柊くん。数学はけっこう出来るのに、社会の地理が苦手。


 ん?他には?


 例えば、彼の誕生日は?血液型は?趣味は?好きな色は?あと…その…好きな女の子のタイプとかは…?

 それに、八神くんも私のこと、あまり知らないかもしれない。私と同じように、誕生日なんて教えてないから知らないだろう



 うん。そっか。そこからだ


 敵を知り己を知れば…ってやつだよね




 いつの間にか、私の中で八神くんが敵になってて、早川さんに「それ使い方間違ってない?」ってツッコまれたんだけど、この時の私はそんなふうに思っちゃって、でも、いつかも感じたように、彼のことをもっと知りたいし、私のことも、もっと知ってもらいたいって思ったのは確かだった


 このままでいいなんて思ってない

 このまま何もないままなんて、絶対に嫌だ




 たぶんこの時、そう強く思ったことが、これからの私達を変えていくきっかけになり、ようやく私と彼との時間は、少しずつだけど、進み始めることになった





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