第39話 一日はまだ


「お待たせ」

「え…?」


 土曜日。咲希と約束していた俺は、玄関で妹が来るのを待っていた。

 そして部屋から出てきた妹を見て、兄である俺は言葉を失った


「ちょ、ちょっと…誰?」

「は?何言ってるの?お兄ちゃん」

「マジで咲希…なのか…?」

「ふふん!どう?」

「いや、まあ、ビックリした…」

「お兄ちゃん。こういう時は、素直に褒めるとこなんだよ。全く…」


 いつも後ろで結んでただけの髪をハーフアップにし、服装も、俺は部屋着のジャージや制服姿くらいしか記憶になかったのに、膝丈のワンピースに薄手のコートを羽織り、いかにも春らしい装い。

 そしてなにより、その…


「どう?」

「うん…まあ、可愛いよ…」

「本当に?」

「ああ、本当だ。ビックリしたよ」

「ふふ。なら良かった」


 悪戯っぽく下から俺を覗き込む咲希だけど、その顔はいつも見る妹の顔ではなく、メイクが施され、どこか知らないお姉さんかと思ってしまうほど綺麗で、別人に見えた


「じゃあ行こうよ」

「ああ、そうだな」


 二人で「いってきます」と家を出て、バス停まで並んで歩く。

 今日は家から一番近場のショッピングモールで、この前の七瀬さんへのホワイトデーのお返しと、咲希の合格祝いを見ることに



 バスに乗り、並んで座っていると、チラチラと俺達の方を見られているように感じる。

 咲希もそう感じたのか、


「ねえ、私達、見られてない?」

「というか、たぶん、お前が見られてるぞ」

「そうかなあ」

「そりゃ、それだけ可愛くなってれば、こんなふうになっちゃうかもな」

「そんなに可愛い?」

「ああ、我が妹とは思えないほどにな」

「じゃあ私達、カップルに見られてる?」

「え?たぶん、傍目にはそう見えるんじゃ」

「そっかそっか」


 そう言って満足気に頷くと、咲希は俺の腕を掴んで自分の腕を絡ませる


「ちょっと、なにやってんだよ」

「いいじゃない。どうせ、もうこんなことないんだし。最初で最後のデートだよ」

「何言ってんだよ」


 すると「ね?」と上目遣いでウインクされ、不覚にもドキッとしてしまった。

 妹なのに…なんだよこれ…


 でも、こうして二人で出歩くことなんて、たぶん本当にこれからなくなっていくだろうし、最後かもしれない


 俺は「分かったよ」と答え、そのまま向こうに着いてからも、咲希は嬉しそうに俺と腕を組んだまま、俺もそんな妹が可愛くて、ついつい頬が緩んでしまう


「それで?お兄ちゃんは最初、何買おうと思ってたの?」

「え?うん。普通にクッキーとか」

「とか?他には?」

「え?むしろ他に何があるの?」

「そりゃいくらでもあるよ。クッキーやお菓子だけが全てじゃないんだよ。例えば普段使い出来るような小物とか、それこそ文房具とかも。あと、これはハードル高いけど、アクセサリーとかね」

「え?なにそれ…アクセサリーって…」

「でもそれは女の子の趣味もあるし、なにより、それほど仲良くもない相手には絶対ダメだよ。重いしキモいから」


 なるほど…そういうもんなのか。

 ていうか、こいつ、俺と一つしか違わないくせに、なんでそんな詳しいんだよ。

 そもそも、なんで今日はそんな気合い入ってんだよ


「そ、そうか…」

「うん。まあ、アクセサリーとまではいかなくても、ちょっとした小物くらいの方が、今の二人にはちょうどいいんじゃない?」


 なぜかお姉さん目線の妹にイラッとする

 え?俺、兄だよな?


 でも、俺だって何も考えがないわけじゃなかった。実は、少し前に瑠香さんから連絡があって、七瀬さんの好きそうな物とか、そういう好みを俺にこっそり教えてくれていた


「ほら、行くよ!」

「分かったから、引っ張るなって」



 やれやれだな、なんて思いながらも、こうして咲希と二人でブラブラ見て回るのは素直に楽しくて、俺は周りのことなんて何も気にすることなく、ただ妹とのお出かけを楽しんでいた



 その後フードコートで適当に昼食を取り、咲希に連れられ小物なんかが置いてある雑貨屋さんに。

 咲希は目を輝かせて見て回ってるけど、正直、俺にはどれも似たような感じに見えて、一人で選ぶのは至難の業だと思った


 確かに専門店に比べれば、ネックレスやらピアスやら、値段もお手頃価格だとは思う。

 すると「これどう?」と言って、咲希は可愛らしいネックレスを見せてきた。合格祝いで何か、とは思ってたし、予算内に収まる値段なので、俺はそれを買ってやることに。

 ご機嫌の妹に俺も少しほっこりして、レジに並ぼうとした時、ふいに目に止まった物があった


「お兄ちゃん?」

「ん?ああ、これ…いいかも…」

「どれどれ…」


 クッキーに比べればもちろん高いかもしれないけど、そこまでの値段でもないし、なにより、彼女が好きそうだな、って思った



「いいの見つかったね」

「ああ。咲希のおかげだな」

「私は何もしてないけどね」

「こうやってここに連れて来てくれたからな。そうじゃないと、マジでその辺でお菓子買って終わってたかも」

「お兄ちゃん…」

「じゃ、帰ろうぜ」




 こうして咲希への合格祝いと、七瀬さんへのお返しも買えて、やり終えた感で一杯の俺だったけど、俺の一日は、まだ終わっていなかった





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