第29話 よくないよ


 昼休み。

 奏汰は例の如く呼び出しがあったりで忙しそうだが、俺は暇。というかいつも通り。


 昼食はいつも奏汰と一緒に食べてたけど、一人で教室の隅で食べるのもなんだなと思い、俺は学食に来ていた。


 学食に来たけど、今日はなぜか咲希が弁当を作ってくれたので、俺は一人隅っこでその弁当を食べていた。

 なんでも、「一つ作るのも二つ作るのも変わらない」とか言ってたけど、中学は弁当じゃなくて給食だろ。

 もちろん、そんな余計な火種を生みそうな事は何一つ言わず、俺は有り難くそれを受け取り、今こうして食べている


 昔は一緒に母の日にカレーライスを作ってあげたけど、こうしていろんなおかずの入った弁当を見ていると、それもなんだか遠い昔のように思えてならない


 バレンタインの事などすっかり忘れて食べていると、「ちょっといいかな」と声をかけられそちらを向くと、ボーイッシュな感じの、知らない女子が俺の方を見ていた


(ん?誰だっけ?)


「えっと、俺…ですか?」

「そう。1Eの八神くんだよね」

「はい」

「私、1Aの早川夏季はやかわなつき

「はい…」

「へ~。お弁当なんだ。お母さんが作ってくれてるの?」

「いや、今日は妹が…」

「そうなんだ」


 とりあえず話しかけたのは俺で間違いなさそうだけど、一体なんの用事だろう。

 俺の知らないところで何かやらかして、誰か怒らせたりしたんだろうか。

 そう思い、恐る恐る聞いてみる


「あの…俺に何か用ですか?」

「そんなビクビクしなくていいよ。ちょっと聞きたい事があるだけだから」


 そう言って彼女は「七瀬さんのことなんだけど」と話し始めた


「はい…なんの話ですか?」

「いちお同級生だし、タメ口でいいよ?」

「はい、あ、うん…」

「うん。それでね、七瀬さんに彼氏がいるって、誰に聞いたの?」

「え?」


 誰かに聞いたわけじゃないし、教室で話してるところを盗み聞きしたなんて言えない。

 なんて答えるのが正解だろう…


「えっと…誰かと話してるところをたまたま通りがかって、その時にそんなことを言ってたような…」

「誰かとって、誰と話してた?」

「え…誰だったんだろ…」

「…あやしいね」

「え!?」

「ま、いいや。とりあえずね、七瀬さんに彼氏とかいないから」

「え!?そうなの?」

「うん。考えてもみてよ。あれだけ有名な七瀬さんに彼氏がいたら、もう学校中に知れ渡ってると思わない?」


 …言われてみればそうかも……


「…そうかもしれないね」

「でしょ?でも、そんな噂はないよね?」

「そうだね…」

「だから、七瀬さんに彼氏はいません」

「はい…」

「………」

「………」

「………」

「…え?それだけ?」

「そう。それだけ伝えに来た」


 …ん?それだけ?どういうこと?

 あ!もしかしたら、俺が勝手にそう決め付けてたから、七瀬さんまた怒っちゃったのか…


「それで、七瀬さん…怒ってた…?」

「ううん。怒ってはいないよ」

「そっか。ならよかった」

「よくないよ」

「え?」


 早川さんは少し機嫌が悪くなり、ツンとした感じで言う


「本当、全然よくないから」

「え…ごめん…」

「八神くんってさ、すぐ謝るよね?」

「え…」

「謝ればいいと思ってる?」

「いや、そういうわけじゃ…」

「七瀬さんにも、今朝あの子が何か言う前に、いきなり謝ってたよね?」

「それは…」

「そういうの、私はどうかと思う」


 こういうことを初めて言われて、確かにそうだよなと思う。

 今朝俺が謝った時も、七瀬さんはなんの事を謝られてるのか分からないという感じだった


「七瀬さんのこと、どう思ってるの?自分には手の届かない高嶺の花とでも思ってる?」


 そう。

 確かに、入学して彼女の存在を知ってからは、そう思って過ごしてきた


「宮沢くんにカラオケ誘われてた時、助けてあげたの八神くんじゃないの?それであの子、友達だって言ったんじゃないの?」


 そう。

 七瀬さんはそう言ってくれた。

 そして俺も友達だと思ってたし、彼女もそう思ってくれてたらいいなって思った


「あのね、たぶん気付いてるかもしれないけど、七瀬さんってね、本当に心を許して話が出来る友達って、あんまりいないの」

「それは、なんとなくは…」

「彼女の見た目というか、一緒にいることに満足してるというか、そういう子達があの子の周りには多いの」

「うん…」

「だから、八神くんはそういうんじゃなくて、普通に接してあげてよ」

「…そうだね、分かった」


 早川さんは「ありがと」と言って笑うと、

「そう言えば、朝、柊くんと他所の高校の女の子と三人で来てなかった?」と聞いてきた


 なんでも、俺達が歩いていたところを見た子がいたらしい


「あ、うん。その子、あいつの彼女なんだ」

「それで恋人繋ぎして歩いてたんだ。でも、八神くんもその子のこと知ってるんだね」

「そうなんだ。子供の頃からの友達でね」

「じゃあ、もしかして、その子からチョコ貰ったりもした?」

「うん。毎年くれてたからね」


 早川さんは「うんうん」と頷くと、


「じゃ、七瀬さんにLineでもしてあげてね」

「え…あの、俺…」

「たぶん、喜ぶと思うよ?」

「そうなの…かな…」

「うん。だから、お願いね」

「分かったよ」


「お昼ごはん邪魔しちゃってごめんね」と俺に謝ると、彼女はそのまま行ってしまった





 Line…してみようかな……




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