第27話 すみませんでした


 今日もいつもの時間に起き、顔を洗うと朝ごはんを食べ、家を出るといつも通りに奏汰と一緒に登校する


 うん。ここまではいつもと同じ


 でも、ここからだ。

 ここから、怒涛の奏汰へのプレゼント攻勢が始まる…と俺は思っていた


 しかし、


「遥斗くんも、これあげるね」

「ありがとう。毎年悪いね」

「いいの。いつも奏汰のお守りしてくれてるんでしょ?」

「…莉子。お守りしてるのは俺の方だ…」


 家を出て奏汰と落ち合うと、少し先で珍しく莉子ちゃんが待っていた。

 彼女は奏汰と俺にもチョコをくれて、その後俺達の間に入って真ん中を歩いていたけど、奏汰側の右手はしっかりと奏汰の左手と恋人繋ぎで繋がれていた


「でも、どうしたの?珍しいじゃん」

「そうだね。でも、今日は特別だしね」

「ああ、なるほどね」

「こうしとけば、奏汰も余計な気使わなくても済むかな、って思って」


 確かに、こうしてこの二人が歩いていれば、こいつに彼女がいる、っていうのも納得するだろうし、奏汰もいろいろと断る必要もなくなるかもしれない


「せっかくなんだから、今日くらい、途中まで二人っきりで行きなよ」

「え?でも…」

「いいからいいから」


 俺は「じゃ、チョコありがとね」とお礼を言って、一人で先に学校に向かうことにした





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 教室に入った瞬間、いつもと空気が違うことに気付く。

 パッと見は、普段と何一つ変わりない風景が目の前で繰り広げられてるんだけど、男子達はどこかそわそわと、キョロキョロとしている。

 うん。まあ、気持ちは分かる。

 俺も昔はそうだった。

 でも、いつも奏汰の隣にいた俺は、奏汰にチョコを渡したい女子からは邪魔者扱いだったし、今までの人生で義理チョコ以外にもらった記憶もない。


 ふふ…さすがモブな俺だよな…


 …いや、そういうのいらないから。

 むしろ凹むとこだろ


 とりあえず、今朝莉子ちゃんに貰ったし、帰ったらたぶん咲希もくれると思うし、それで十分だ


 そんなことを考えながら席に着こうとしたその時、教室の外がざわつき始めた。

「なんだろ?」って思って廊下の方を見てみると、何人かの女子の中に、七瀬さんの姿も


 彼女は俺と目が合うと、キッ、と睨み、そのまま教室の中に入って来た。


(え?まだ怒ってるの?)


 この前の朝、昇降口の所で少し話して以来、七瀬さんとは話していない。

 あ、もしかして、咄嗟に手を掴んじゃった事を怒ってるんじゃ…


 そうだよな

 だって、彼氏がいるのに、他の男に触られたら嫌だよな



 七瀬さんはそのままうちの教室に入って来たので、クラスの男子達はどよめき出す。

 そりゃそうだろ。男子にとっては高嶺の花の女子がやって来たんだ。しかも今日、このバレンタインの日に。

「え…もしかして…」という期待に、皆が胸を膨らませているのが分かる。


 でもたぶんそうじゃなくて、俺に文句の一つでもあるんだろう。

 こちらに歩いてくる七瀬さんに、彼女が口を開く前に俺はまず謝った


「え?…なに?なんで謝るの?」

「あの…この前の事…だよね」

「え?」

「その…咄嗟だったとはいえ、嫌な思いさせて本当にごめん…すみませんでした…」

「え…あの、だからなんの話を…」

「だから、その…」


 俺は周囲を気にして七瀬さんだけに聞こえるように、小声で言った


「えっと…手とか握っちゃって…彼氏がいるのに、本当にごめん…」

「え……」

「あの…もうああいうことはしないし、なんなら俺のこと、無視してくれていいから…」

「………」


 七瀬さんは少し俯いて何も言わず、ただ呆然としているように見えた


「あの…みんな気にしてるし、そろそろ自分の教室に帰った方が…」

「………」


 めちゃくちゃみんなに見られてる。

 今日はまだ奏汰も来てないし、俺にこんなに視線が集まることなんて普段はない


「おい…あいつ、なにやらかしたんだ?」

「七瀬さん怒らせたのか?」

「あいつと七瀬さんに接点ないだろ」

「八神よりむしろ柊だろ」

「なんだよ、期待して損したよ」

「本当そうだよな」


 …まあ、そういう話になるよね

 俺でもそう思うもんな



 七瀬さんと友達とか言ったって、ほとんど話も出来ないし、Lineのやり取りもない。

 それでも、その少ないかもしれないやり取りの中でも、ちょっとは仲良くなれたんじゃないかな、とも思ってた。

 高嶺の花で俺とは住む世界が違う、なんて思ってたけど、新人戦のあと、試合を見たと言ってくれた彼女に、嬉しく思う自分もいた


 でも、彼氏がいるって分かった時、ショックだった。

 普段は凛とした可憐な美少女なのに、たまに可愛らしくなったり、拗ねたように怒ったりする彼女が…


 俺…たぶん、ちょっと好きになってたんだな






 七瀬さんとの間に沈黙が続く中、始業五分前のチャイムが鳴り、彼女はそのまま静かに出て行った



 なんか、俺…何やってんだろう…






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