第26話 そういうこと(彩香side)


 あれから八神くんとはほとんど話すことはなく、むしろ顔を合わせることすら、あまりなくなっていた。


 それは…恥ずかし過ぎて私が避けてるから…


 だって、もし二人きりでこの前みたいなことになっちゃったら、私は自分が何をするのか予想出来ない。

 何かとんでもないことをやってしまいそう…


 でも、このままでいいなんて思ってない。

 なんとかこの今の状況を良くして、八神くんと…あの…もっと、こう…ああもう!想像するだけで照れちゃうよ…


 うぅ…せっかくのイベントがすぐそこまで来てるっていうのに、私は…


 なんとか八神くんにチョコを渡して、今のこのぎこちない感じを払拭したい。

 そしてあわよくば…


 朝からそんなことを考えてると「おはよう」という声にビクリと反応してしまった。

 そう、この声は…


「お、お、おはよう!」


(噛んじゃった…恥ずかしい…!)


 無理無理。油断して変な妄想してるところに八神くん本人が来るとか、そんなの無理


 私は一刻も早くこの場から逃げ出したくなって、「じゃあ!」と言って行こうとしたんだけど、八神くんは「待って!」と言って、


「ひゃっ!」

「あ!ご、ごめん…」

「あ、あ、あの…」


 あの…手が……手が…

 やん…もう…こんなの不意打ち過ぎるよ…


「ごめん…ちょっとだけいい…かな…」

「…いい…けど…」


 そんな、今周りに人がいないからって、八神くん…強引なんだから…


「あの…ごめんね…」

「え?なにを…」

「俺、知らないうちに七瀬さんが怒るような事、したんだよね…」

「え!?そうなの?」

「え?そうじゃないの?」


 え?どういうこと?なんの話?

 私…八神くんに怒ってたんだっけ…


「だって…あれからほとんど話も出来てないし、何か怒ってるのかな、って…」

「べ、べ、別に、そんなこと…」


 ああ、そういうことね。

 そうじゃなくて、緊張して何話したらいいか分かんないし、顔見るだけで…しかも今は手まで繋いでくれてるんだもん…

 ああもう!!ドキドキし過ぎるんですけど!


「あ!ご、ごめん!」


 いきなり八神くんはそう言うと、握っていた私の手を離して頭を下げる。

 私は無意識に離された手を伸ばし、彼の手を掴んでいた


「え?」

「やだ……」


(手…繋いでてほしい…)


「…へ?」

「あ……」


 あ…私……今何した?何言っちゃった?

 え?これ、やばいやつじゃない?


 ほら!やっぱりやっちゃったじゃない!



 我に返った私は慌てて手を離し、振り向きもせずに教室へとダッシュしたのだった






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 その後は特に何事もなく、私は心の中の動揺を隠し切り、放課後を迎えた


 私は来週のバレンタインに備えて、お姉ちゃんにお菓子作りを教えて貰おうと思い、先生に頼まれていたプリントを揃え、用事が終わったらすぐ帰るつもりだった


 でも「ちょっといい?」と呼び止められて振り向くと、それは宮沢くんだった


「なにかしら。急いでるんだけど」

「七瀬さん。少し時間を貰えないかな」

「…少しだけなら」


 この前の一件で、私の中の彼への心象は最悪なものだった。しかも噂では、彼は二股や三股と、たくさんの女の子を泣かせているという。本当に最低。大嫌い。

 もう教室内にはクラスメイトも残っていないけど、ここは学校だし自分のクラスだから、無視するわけにもいかない


 仕方なく適当に話を聞いてると、宮沢くんはとんでもないことを言い出した


「来年、クラスも変わっちゃうかもしれないしさ、そろそろ俺と付き合ってもいいんじゃない?」

「は?」


 ない。ありえない


 私はよっぽど「あなたの事は嫌い」と言いそうになったけど、そこはグッと我慢した


「ごめんなさい」

「え?なんでさ」


 私は出来るだけオブラートに包んで、彼の嫌なところを指摘したつもりだったけど、


「くっ!なんでだよ!」

「…そういうところよね」

「クソっ!」


 なんなの?逆ギレ?

 もう、本当に嫌い。

 ちょっと顔がいいからって、この人、八神くんとは全然違う


 そう、私には…


「それに私、好きな人がいるから」

「な!?」

「それじゃ」

「ちょ、ちょっと!もしかして、もうそいつと付き合ってるのか!」

「さあ、どうかしら…」


 そういうことよ。

 私には心に決めた人が…

 …八神くんがいるんだから





 しかし決戦の日、私は八神くんが、なぜか盛大な勘違いをしているのを知ることになる






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る