第25話 そういうこと


 謝ったほうがいいな


 そうは思ってみるものの、そもそも謝る機会が、七瀬さんと話が出来るような、そんな場面に出くわすことがない



 それから何日か過ぎたある日、今日はクラスの当番で普段より早めに登校しなくてはならず、俺は一人校門をくぐると昇降口に向かう


 そこで俺は久しぶりに、一人でいる七瀬さんを見つけ、「おはよう」と声をかけた。

 七瀬さんはビクっと肩を震わすと、ゆっくりとこちらに向き直り「お、お、おはよう!」

 と返してくれた


(なんでそんな噛んでるの…)


 彼女はそのまま「じゃあ!」とすぐ行ってしまいそうなので、俺は咄嗟に「待って!」と七瀬さんの手を掴んでしまった


「ひゃっ!」

「あ!ご、ごめん…」

「あ、あ、あの…」

「ごめん…ちょっとだけいい…かな…」

「…いい…けど…」


 七瀬さんの手は朝のこの時間だからか、ひんやりと冷たくはなっていたけど、ほんのりと温かくて、なによりびっくりするほど柔らかくて…

 いや、今大事なのはそこじゃないのは分かってる、うん、分かってる…


「あの…ごめんね…」

「え?なにを…」

「俺、知らないうちに七瀬さんが怒るような事、したんだよね…」

「え!?そうなの?」

「え?そうじゃないの?」


 なんだなんだ、どういうことだ…?


「だって…あれからほとんど話も出来てないし、何か怒ってるのかな、って…」

「べ、べ、別に、そんなこと…」


 そう言う彼女だけど、顔を赤くして俺から顔を背け、まだ少し手は震えている


(そんなに怒ってるの…?)


 …ん?というか、手…?



 ゆっくりと視線を下ろすと、俺は七瀬さんの手を掴んだまま、なんなら握りしめてるような感じになっていた


「あ!ご、ごめん!」


 慌てて手を離し、頭を下げて謝まる。

 すると、離した手をまた握り返された


「え?」

「やだ……」

「…へ?」

「あ……」


 一瞬、誰が言ったのか分からないくらい可愛らしい声がした後、七瀬さんは顔を真っ赤にして、急いで手を離すと、逃げるように走り去ってしまった


(え?やだ?…え?何が?)


 考えても謎は深まるばかりなので、俺は適当に「まだ怒ってるってことかな」と自分なりに答えを出し、教室へと向かった





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 その後は特に何事もなく放課後を迎え、当番の仕事も終えた俺は、職員室から教室に帰るところだった


 今日は部活もないのでこのまま荷物を取りに行けば、奏汰も先に帰ったようだし、俺は真っ直ぐ家に帰るつもりだった


 だったんだけど、俺が廊下を歩いていると、他のクラスの教室から、聞き覚えのある男と女の子の話し声が聞こえてきた


(これ…たぶん……)


 ここはA組で七瀬さんのクラス。

 こっそり覗いてみると、思った通り、七瀬さんと…それと、話してる相手は宮沢だった


「もうすぐだよね」

「…何がもうすぐなの?」

「七瀬さんって、入学してすぐはよく告白されてたと思うけど、みんな断ってたよね」

「そうね…」

「確か前に聞いた時、「よく知りもしない人とは付き合えないから」って言ったよね?」

「ええ。それは今でも変わらないわ」

「じゃあさ、俺は?」

「え?」

「四月から同じクラスで、それなりに話したりもしてきたと思うんだ」

「そうかもね…」

「今なら、俺の事、少しは知ってもらえたんじゃないかな」

「どういうこと?」

「俺、今フリーなんだよね」

「だから、どういうこと?」

「来年、クラスも変わっちゃうかもしれないしさ、そろそろ俺と付き合ってもいいんじゃない?」

「は?」



 うぜー!こいつうぜーよ!!

 俺でも「は?」だよ!

 しかも、宮沢のことはすでに女子達にも話が広がり始めていて、おそらく奴に近付くような女子はもう出て来ないだろう


「ごめんなさい」

「え?なんでさ」

「確かに宮沢くんのことは、初めの頃よりも知ることが出来たと思う」

「じゃあ…」

「いろんな女の子と付き合ってたわよね?確か三股だったかしら」

「ち、違う!それは向こうから…」

「私、そういう人、無理だから」

「今はフリーだし、それに、七瀬さんと付き合ったら浮気なんて絶対しないよ!」

「ごめんなさい」

「くっ!なんでだよ!」

「…そういうところよね」


 宮沢は「クソっ!」と七瀬さんを睨んだように見えた。でも、彼女は平然とこう言った


「それに私、好きな人がいるから」

「な!?」

「それじゃ」

「ちょ、ちょっと!もしかして、もうそいつと付き合ってるのか!」

「さあ、どうかしら…」



 七瀬さんは大人っぽい笑みを浮かべそう言うと、項垂れる宮沢を一瞥して教室を出て行く



 俺は見つからないように急いで教室から離れると、階段の陰に隠れ、上を見上げた


(そうか…そういうことだったんだ……)



 だから俺ともあまり話さなくなったし、距離をとるようにもなったんだな




 七瀬さん…彼氏……できたんだ…





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