第23話 秘密(彩香side)


 彼のいなくなったコートを、私はぼんやり眺めていた。


 本当はすぐ帰ろうと思ったんだけど、気持ちが昂っちゃって、足が動かなかったからそのままそこに立ったままだった。



 うちの高校の人達も、みんな試合が終わったみたいで帰る雰囲気だったから、私は見つからないように、こっそり抜け出して帰るつもりで、体育館を出る


 ふと入口の方に振り返ると、八神くんと柊くん、それと、たぶん柊くんの彼女さんなのかな?三人で何か話してるのを見つけた


 私は咄嗟に物陰に隠れて、様子を伺う


(なんか刑事さんみたい…)


 そんなどうでもいいことを思いながら、暫くすると柊くんと彼女さん(?)は、二人で手を繋いで、八神くんを置いて行ってしまう。

 彼は自販機でジュースを買うと、近くのベンチに座ってぼんやりしていた


 今なら周りに知ってる人もいないし、もしかしたら普通にお話出来るかもしれない


 そう思ったら、私は彼の元へと歩いていた


「…八神くん」

「え?…な、七瀬さん…?」

「う、うん…」

「どうしてここに?」

「えっと…たまたまこっちに来る用があって、それで…この週末、試合とか言ってたし…。うん、たまたまよ、たまたま」


 わざわざあなたの試合を見に来たなんて、恥ずかしくて言えるわけなかった


「たまたま…なんだ…」

「そ、そうよ!」


 …たぶん、八神くん…気付いてる…よね…


 私が八神くんに、彼の試合を見たことを伝えると、驚いたふうで、そして恥ずかしそうにしている。

 そして照れながら言う


「俺あんまり上手くないし、すぐ負けて終わっちゃって」

「そ、そんなこと… 」

「でも、今日はなんか楽しくやれたと思う」

「そうなの?」

「うん。奏汰に色々言われてね」

「柊くんになんて言われたの?」

「それは秘密」

「教えてくれてもいいじゃない」

「だめだよ。これは秘密」


 もう…なんで教えてくれないの?

 いじわるされてる?


 それでも…私は久しぶりに、そして、普通に会話出来てることが、たまらなく嬉しかった


「でも、最後の試合、残念だったね…」

「え…あれ…見てた…の?」

「うん…凄い悔しそうだった…」

「うん、まあ…。でも、平気だから」

「そう?」

「うん。全然平気だよ」

「本当に?」

「本当だってば」

「あのね…私、こういう試合とか見るの初めてで、運動部も入ったことないから、よく分からないかもしれないけど…」

「うん」

「えっと…ううん!なんでもない!」


 カッコよかった…なんて言えるわけないよ!


「はい?」

「うぅ…」

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」


 でも…ああもう!どうすればいいのよ!


「だって…だって……もう!」

「え?なんで怒られてるんだろ…」

「お、怒ってなんかないもん!」

「そ、そう?」


 つい興奮して睨んじゃったけど、八神くんはそんな私を優しい眼差しで見てくれて。

 試合して疲れてるだろうに、本当に優しいんだから…


 それで私も、少しでも彼に今日見て感じた事を伝えて、元気になってもらいたかった


「あの…真剣にやってるとこ、初めて見て…その…」

「うん…」

「…負けて悔し涙我慢してるとことか…」

「っ!?」

「あの…あのね…」



 あ…だめ…言っちゃだめ…


 でも…もう口が止まってくれない…




「…一生懸命で…凄くカッコよかった…」





(あ…言っちゃった……)



 ああーあー!!

 聞こえない!何も聞こえない!

 私は何も言ってません!言ってません!!

 言ってないし知らないんだから!!



 うぅ…なにこれ…やば…顔から火が出そう…



 私は両手で顔を隠し、顔を逸らしてしまう


 だって…本人に「カッコいい」とか…

 え……え?…待って?

 もしかして…え?

 私…今、告白しちゃった…!?


 そ、そんな…つもりは…



 指の間からチラッと八神くんの様子を伺うと、彼はベンチにもたれ掛かって、少し口を開けて空を眺めている


(え!?なに?そんなにショックなの!?)


 私の告白は、そこまで彼にショックを与えてしまった…ということなの…?


「…あの…八神くん…今のは…」

「………」

「だから、あのね…」

「………」

「…八神くん?」

「………」

「おーい!八神くーん?」

「…へ!?…あ、七瀬さん、どうしたの?」



 八神くん…話、聞いてなかったな?


「ううん、なんでもないよ…」

「そ、そう?」

「ううん、本当はなんでもないこともない」

「うえ!?え?何なに?」

「ふふ…内緒…」

「え…気になるよ…」

「私も、それは秘密。ね?」

「う…そっか、うん…」

「じゃあ、帰る?」

「そうだね」




 歩き出した彼の、少しだけ後ろを付いて歩く。そういえば、柊くん達は手を繋いでいたっけ


 私も…その…八神くんと…繋ぎたいな…



 彼と二人でコンビニまで歩いた時は、私はまだ自分のこの気持ちに気付いてなかったからあんなにくっついたりも出来たけど、気付いてしまった今となっては、もう絶対無理


 ぷらぷらと揺れる彼の手を恨めしく見つめながら、でもこうして一緒に歩ける幸せを噛み締めながら、私は彼と体育館を後にする



 これから八神くんと私の関係が少しずつ変化していくことになるけど、それはまだ、今の私は何も知らないのだった





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