第22話 初恋(彩香side)


 私は自分の恋心を自覚して以来、彼への接し方が分からなくなっていた


 この前も、今月末に隣町の体育館で部活の試合があるという話を聞いた時、


「へー、そうなんだ」

「うん」

「………」

「じゃ、じゃあ、また…」

「うん…」


 八神くんは決まり悪そうに、私との会話を切り上げ、どこかに行ってしまった


(もっと話したいのに…)


 そんなふうに感じながら、遠くなっていく彼の後ろ姿を見つめていると「七瀬さん?」と、クラスメイトの女子に話しかけられた


「え?なに?」

「あの男子、なんだっけ、柊くんの友達だったっけ」

「…そうね」

(八神くんよ!名前くらい覚えなさいよ!)


「七瀬さんも、無理にあの子と話さなくてもいいんじゃない?」

「ん?…え?…どういう意味?」

「だって、七瀬さんが素っ気ないから、気まずそうに行っちゃったじゃない」

「え!?」

「なんか、逆に可哀想だよ?」


 …知らなかった。

 私、そんなふうに彼と話してたなんて…

 だって、前より、なんか緊張しちゃって…




 その指摘をされてから、私は八神くんと話さなくなった





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 迎えた月末の日曜日。


 確か昨日の土曜日は団体戦で、八神くんの出番はないみたいに言ってたけど、今日は個人戦なので、彼も試合に出るはず


 学校の体育館には、一度彼がどんな子なのか見るために見学に行ったけど、その時はただ顔を確認しただけで、練習風景なんかは殆ど見てなかった私。

 でも、いったい彼がどんなふうにバドミントンの試合をするのか、今の私は気になって仕方がない


 私は身支度を整え、隣町に行くことにした。

 出かける時、お姉ちゃんに「おめかししちゃって。デート?」なんて言われて、慌てて家を出る。

 でも、そんな…おめかししてるなんて言われるほど…なのかな…

 確かに、メイクは普段学校に行ってる時よりかは、大人っぽく見えるようにしたかも


 うぅ…なんでこんなことしてるんだっけ…

 彼と会えるかどうかも分からないのに…




 それでも私は電車に乗り、二駅過ぎたところで目的地に着いた。

 というか、本当に来てしまった…


(私…どれだけ彼のこと好きなのよ…)


 改めてそう実感し、顔が熱くなるのが分かる



 でも、せっかくここまで来たんだから、見ないで帰るわけにはいかないと思って、体育館に向かって歩いて行った


 体育館に着くと、敷地内には、見てすぐ分かるような、部活の試合で来ました的な高校生がたくさんいる


 私は誰か知り合いに見つかって、変なことになると困ると思って、マフラーで顔を隠す。

 でも、そうした途端に、その…あの時の事を思い出しちゃって…また照れる私……


(もう…もうやだ…)


 でも、一目だけでも見たい…


 その想いから、なんとか頑張って中に入って、スタンドの上の方からコートの方を見て八神くんを探してみるけど、やっぱりすぐには見つからない


(もうちょっとでお昼になるけど、まさか…もう終わっちゃったの?)



 少し落ち込んでしまったけど、見覚えのある男子が試合しているのを見つけた。

 柊くんだった


 流石に女子に人気の柊くんだけあって、真剣な表情で試合している姿はカッコよかった。

 まあ…私も最初は彼のこと…いいなって思ってたし…


 でも柊くんは、あとちょっとというところで負けてしまった。

 周りの感じから、どうやら今は、予選リーグの後の決勝トーナメントをしているらしい。

 もしかしたら、本当に、もう八神くんの試合終わっちゃってるかも…


 そう思ったその時、試合後の柊くんの傍に彼を見つけた。

 八神くんは少し柊くんと話すと、上に着ていたジャージをサッと脱ぎ、柊くんと同じユニフォーム姿になった


「なにそれ…カッコいいんだけど…」


 次の瞬間、耳に私の声が入って来たことで、声に出してしまっていたことに気付く


(私…私…なんてことを…)


 つい口から思ったことがそのまま出ちゃったみたいで、恥ずかしくて耳まで熱くなってる


(恥ずかしい…)


 幸いにも、近くにいた誰にも聞かれなかったみたいで、少し安心したけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい…


 一人でおろおろしてたけど、八神くんの試合が始まると、自然と私は、彼のその姿に吸い込まれるように見入ってしまう


 真剣な彼の眼差し。汗を拭う仕草。決まった時のガッツポーズや、入れられた時に見せる悔しそうな表情。

 どれもこれも、普段見ることのない八神くんで、私は手摺を掴む自分の手に力が入っているのが分かるくらい、それくらい私も真剣に彼の試合を見ていた


 たぶん、相手の選手と八神くんは同じくらいの強さで、試合は接戦だったと思う。

 2セットずつ取って、最後のゲームになったけど、終わりの方になるとスタミナが切れてきたのか、立て続けにポイントを取られてしまう


(頑張れ…!)


 私はまるで自分が試合をしているような、そんな感覚に陥る


 でも、試合はそのまま終わってしまい、彼は負けてしまった。

 最後、八神くんは目の当たりを擦ってたけど、たぶんあれ…悔し涙…だよね…


 そうだよね…一生懸命やってたもんね


 負けちゃったかもしれないけど、でも、そんな彼の姿に、私はますます八神くんのことが好きになってることに気付く


(もう…カッコよすぎるよぉ…)



 たぶん、ここまで好きになったのは、彼が初めてだと思う。

 小さい頃から周りの男子にチヤホヤされて、女子からはあまりいいふうには見られてなかったかもしれない。

 そう思うようになり始めてから、私は無意識に、「外ではいい子を演じてみんなから嫌われないように」と、そんなことばかり考えるようになったと思う。

 そんな私が誰かを好きになるなんてことは、今までにはなかった。

 もちろん柊くんみたいに「ちょっといいな」とか思うような子は何人かいたけど、それ以上の気持ちはなかった。




 でも今、私はコート上の彼から目が離せない


 胸が締め付けられるような、せつなくて、それでいて愛おしくて…

 今すぐにでも抱き締めてあげたい…


 好きになるってこういうことなんだ…




 ああ、そうか、そうだったんだ




 たぶん…これ、私の初恋なんだ……






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