第二章 彼と彼女の事情

第20話 気付いたのは


 一月末、隣町の市立体育館で、県の新人戦が行われた。

 土曜の団体戦は、一年生は小学校からの経験者が一人だけメンバーに入っているだけで、俺も奏汰も選ばれることなく、応援のみ。

 そして結果は…まあ、言うまでもなく…


 あくる日の今日、日曜は個人戦が行われる。

 俺も奏汰も、なんとかリーグ戦だけは抜けることは出来たけど、トーナメント一回戦前には、俺はもうすでにやり終えた感で満たされていた


「遥斗…まだ終わってないけど?」

「奏汰。ここで負けてもベスト32だ」

「うん…まあ、そうなんだけど…」

「やらなくても分かるよ」


 やる前から勝てると思ってない俺。

 どうせ自分には無理だ

 俺なんかが頑張ったところでしれてる


 たぶん子供の頃から、そういうふうに決めつけてるところがあった気がする。

 そして、今もそう思う自分がいる


「俺なんかがやったところで…」

 と言いかけた時、奏汰がその続きを遮るように、被せて言う


「そういうの、もうやめなよ」

「え…」

「遥斗は出来るよ」

「そんなこと…ないよ…」

「いや、そんなことある」

「奏汰…どうしたんだよ…」

「遥斗?遥斗はやれば出来る子だよ?」

「お前はうちの親かよ」

「遥斗はシャイなんだよ。一生懸命やったって恥ずかしくなんてない。誰も笑わない。だから、めいいっぱいやってみなよ」

「本当にうちの親かよ…」


 奏汰は「ははは♪」と笑いながら、アップスペースへ先に向かった


 でも言われたことは、確かにその通りだと思う。逆に最初から「どうせ負けるんだから」なんて気持ちでやる方がカッコ悪いし、相手にも失礼かもしれない


(やれるだけやってみるか)


 そして俺も奏汰の後を追ってアップスペースへと向かった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 奏汰は俺より先に試合があり、惜しくも敗れてしまった。

 その後での俺の試合。どうしても、あいつの分まで、と思ってしまう自分がいる。

 試合の相手は他校の同じ一年生。聞けばその相手選手も、バドミントンを始めたのは俺と同じ中学からだそう。

 だったら、条件は俺と同じはず


 ゲームは中々の接戦で、お互い2セットずつ取り合い、フルセットまでもつれ込んだ。

 バドミントン始めて、こんなに一生懸命やってるのは、たぶん初めてかもしれない。

 いや、一度だけ、中三の最後の試合の時はそうじゃなくて、その時の俺の精一杯で試合に臨んだと思う


 その時のような、なんとも言えない緊張感、そして高揚感を感じる。

 でも、スタミナ不足からか、終盤に連続でポイントを取られ、そのまま負けてしまった


(くそっ…悔しいな…)


 フッ、と涙が零れそうになるのを感じて、俺は咄嗟に目の当たりを擦って誤魔化した


 コートに落ちたシャトルを呆然と見つめてると、「ナイスゲーム!」とこちらに手を振る奏汰とキャプテンの姿が


「八神も、こんな試合が出来るんだな」

「でも、負けちゃいました…」

「いや、本当に良かったぞ」

「え…」

「また、来週からよろしくな」

「はい」

「遥斗。カッコよかったよ?」

「う、うるさい…」

「ね?やれば出来る子だったでしょ?」

「だからうるさいよ…もう…」


 本当に…本当に、こいつは…


「ねえ、遥斗…」

「え?なに?」


 耳元に小声で奏汰が話しかけてきたので、俺も小声で聞き返す


「ちょっと、悔しかった?」

「そりゃ…まあ…」

「そっか。良かった良かった」

「何がだよ!」

「悔し涙が出るくらい、それくらい本気でやったからだよ」

「お、お前…それは…」

「気付いたの、俺くらいだから大丈夫」

「そ、そっか…」




 気付いたのは奏汰だけ


 そう思って安心した俺だけど、奏汰だけじゃなかった事を、少しだけ後で知ることになる





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