第15話 私のお友達


 始業式も終わって教室に戻り、ホームルームの様子をぼんやり眺める


 担任からの連絡事項をなんとなく聞きながら、俺は今朝のことを思い返していた


『あの、その…』

『どうしたの?私、急いでるんだけど?』

『そ、そうだよね。ごめん…なさい』

『それじゃあ』


 …ふっ


 我ながら、情けないことこの上ない。

 冷静に今になって、改めて恥ずかしくなる。


 もう、彼女と話すこともLineのやり取りをすることも、今後ないだろう


(もうこのことは忘れよう)



 これは誰も知らない俺の黒歴史として、闇に葬り去ることに決めた





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ホームルームも終わり、始業式なので今日は午前中で解散となるんだけど、今月末には県の新人戦があるため、俺たちバドミントン部は午後から練習となっていた


「おっ!遥斗、今朝より調子よさそう」

「俺はいつもこんなだよ」

「昼、軽く食べたら体育館行こうか」

「じゃあ、学食行ってみる?」

「そうだね」


 奏汰と一緒に教室を出て、別棟の学食に行こうと廊下を歩いて行くと、他所の教室の前が少し騒がしい


「なんだろう」

「うん。なんかあったのかな」


 二人で一緒になって覗いてみると、何人かの男女が、ある女子生徒の周りで楽しそうに騒いでいる。

 まあ、よくある光景といえばそれまでだ。

 大方、始業式で学校も早く終わったから、これからどこか遊びにでも行くんだろう


「奏汰、行こうか」

「ちょっと、遥斗、あれ…」

「え?」


 奏汰がちょいちょいと指差す方を見てみると、その楽しそうに話している、いかにも陽キャな連中の中心で、その女子生徒は机の椅子に座ったまま、戸惑ったような笑顔で応えていた


(七瀬さん…)



「ねえ、遥斗。あれ、七瀬さん、明らかに困ってない?」

「…そう…かもな」

「それにほら、あれ」

「ああ…宮沢か…」


 自称、バスケ部期待の新人らしい。

 悔しけどイケメンなのをいいことに、女の子を取っかえ引っ変えしてるようで、小五の時からずっと莉子ちゃん一筋の奏汰とはえらい違いだ。

 だから、当然男子からの評判はよろしくない


「どうする?」

「どうするって言われても、俺にどうこう出来ないだろ」

「まあ、そうかもしれないけど…」


 そうだよ。クラスも違うし、俺にはどうもしてあげられない


 奏汰なら、前の図書館の時のように、うまくどうにかしてあげられるのかもしれない。

 でも、いつもこいつの横にいるだけで、なんの取り柄もない俺には…俺には無理だよ…

 それに、もう彼女と関わることもないだろうって思ってたくらいなんだ。

 やっぱり、俺とは住む世界が違うんだよ


 でも…



「遥斗?」

「奏汰…俺…どうしたらいい?」

「ふふ。遥斗はどうしたいの?」

「そりゃ…困ってるなら、どうにかしてあげたい…けど…」

「ねえ、友達になったんじゃなかったの?」


 そう。あの事は、奏汰には話したんだった。あの時はちょっと浮かれてたし…


「え…うん…いちお…」

「なら、それだけでいいんじゃないの?」

「え…?」

「ほら!俺も手伝うから!」



 奏汰は無邪気に俺に笑いかけ、その陽キャの集団の方へ向かうと普通に声をかける


「楽しそうだね、なんの話?」

「あ!柊くん」

「これからみんなでカラオケ行こうって話だったの。柊くんも行く?」

「あ、ごめん。午後から部活なんだ」

「え~、残念」


 す、すげぇな、こいつ…

 こんな簡単に話に入っていけるんだ


「ほらほら、柊くんは忙しいらしいし、俺達だけで行こうよ。ね?七瀬さんも」


 あ、宮沢、お前だな?

 七瀬さん誘って困らせてんのは


「あの、私は…」

「ね?みんなで行こうよ」


 奏汰のおかげでここまで入って来れた。

 ここから先は、もう俺が…


「な、七瀬さん…」

「八神くん…?」

「あの…ご飯食べに、今日学食行くって約束してなかったっけ?」


 今の俺に、咄嗟に出せるセリフはこれくらいしかなかった。これで駄目ならもう…


「え、ええ、そうね。そうだったわね」

「え?七瀬さん?マジで?」

「そうなの。ごめんね」

「え?なんで?ていうかこいつ誰?」

「宮沢くん。彼は、柊くんのお友達だよ」


 隣の女子の説明で、宮沢は俺の方に向き直る


「へえ、そうなんだ。それで?柊くんのお友達の君が、なんで七瀬さんと約束なんてできるの?柊くんが約束したのかな?」

「いや、そうじゃなくて…」

「悪いけど、君じゃ無理だよね」


 ああ、なんて胸糞悪いやつなんだ。

 男子から嫌われてるの納得だわ


 少しイラついてる奏汰を見て目線で伝える。『大丈夫だから』と


「お、俺は…友達だから…」

「柊くんのお友達なんだろ?」

「…違う。七瀬さんとも友達だ」

「は?もういいから邪魔しないでくれる?」

「嘘じゃないわ」

「え?」

「八神くんは私のお友達よ」

「ちょ…え?な、七瀬さん?」

「ごめんなさい。先に八神くんと約束してたから、今日はみんなで楽しんで来て」


 宮沢たちにそう言うと「行きましょ?」と、俺の鞄を掴んで、一緒に教室を後にする




 彼女は早足で廊下を歩き、俺と奏汰も引っ張られるようにその後に続く。

 教室から離れた所まで来て、俺は七瀬さんに謝った

「七瀬さん、ごめんね」

「どうして?」

「なんか困ってるふうだったから…」

「そうね…」


 七瀬さんは「でも…」と言葉を続けた


「彼…あ、宮沢くんのこと、ちょっと苦手で、でもしつこく誘われてどうしようかな、って思ってたから、助かったわ」

「そ、そう…。なら良かった」

「ええ。ありがとう」

「じゃあ、俺、奏汰と学食で昼ごはん食べてから部活行くんで」

「そう…」

「じゃあね」


 俺がそのまま行こうとすると、奏汰に止められる


「遥斗。もし今七瀬さんが一人で帰ってるところを見られたら、また誘われちゃうかもしれないから、七瀬さんさえよければ、一緒に学食行かない?」


 そうか。言われてみればそうかもしれない


「そ、そうね…。じゃあ、ご一緒してもいいかしら…」

「は、はい…」



 少し、いや、かなりドキドキしながら、俺は奏汰と七瀬さんと一緒に、学食に行った。


 そして彼女と別れて部活に行ったけど、別れ際、「バドミントン頑張ってね」と少し照れくさそうに言う彼女は可愛くて、食べたカレーライスの味が、よく思い出せない俺だった






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る