第10話 無邪気な笑顔


「七瀬さん、俺と友達になりませんか?」



 自然と言葉になって口から出てきた


 でも、俺はすぐに気付いてしまった



(これ、恥ずかしいやつじゃ…)


 瑠香さんは優しい笑顔で、まるで微笑ましいものをみるような目でこちらを見ていて、隣の咲希は口をぽかんと開けてたと思えば、次の瞬間にはワナワナと震え、俺に射殺すような視線を送っている。

 なんでだ…?

 瑠香さんはまあ普通の反応だとして、お前はなんでそんなに怒ってるんだ…


 そして向かいに座る七瀬さんは、少し顔を赤くして俯いてしまった


 これは…なんて言うのが正解なんだろう…


「兄さん?」

「え?あ、はい」

「どういうつもり?」

「いや、特に深い意味はなくて、たぶんそう思ったから自然と…」

「そう。深い意味はないんだ」

「でも良かったわ。今日八神くんを誘ったのはね、彩香と友達になって欲しかったからなのよ」

「え!そうなんですか?」

「たぶんああいうメッセージ送ったら、あなたは断れないと思ったの。ごめんね」

「どうして、そんなふうに…」

「だって、八神くんは優しいから」

「そんなこと…」


 そんなふうに言われたのなんて初めてで、嬉しいような恥ずかしいような…、とにかく照れてしまう


「ほら、彩香?」

「お姉ちゃん…」

「八神くん、お返事待ってるわよ」


 いや、恥ずいんでもう流してくれていいですってば…


「あの…」

「は、はい…」

「………」

「………」

「あら、こういうの、なんかお見合いみたいよね」


 瑠香さん、そういうのいらないっす…


「じゃ、じゃあ、お友達から…」

「え!?」

「な、なによ!」

「いえ、なんでも…」

「………」

「ありがとうございます…?」

「もう!なによそれ!」

「はい…じゃあ…友達ってことで…」

「…はい」


 七瀬さんは相変わらず恥ずかしそうに俯き加減だし、たぶん俺も顔が赤くなってると思う


「え?なにこれ?何見させられてるの?」

「咲希ちゃん?お見合いよ、お見合い」


 この横の二人はとりあえずスルーだ

 気にしたら負けだ


「じゃあ連絡先の交換したら?」と瑠香さんに言われ、そのままの流れで交換する。


 うん、したのはいいけど、これ…

(七瀬さんの…連絡先……)


 ちょっと前まで話したこともなかった彼女と、憧れだった七瀬さんと、まさかこうして連絡先の交換だなんて…


 可愛らしい猫の彼女のアイコンを見つめながら、俺はそんなふうに思っていた





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「それじゃあ、またね」

「はい。今日はありがとうございました」

「ありがとうございました」

「うん…また…」

「もう、彩香ったら、照れちゃって」

「照れてないから!」



 こうして七瀬さん姉妹と別れ、すっかり暗くなってしまった夜道を、咲希と一緒に歩いて帰る。けど、


「兄さん…」

「どうした?」

「お友達…だよね…」

「ん?ああ、なんか可哀想に思えてな」

「ふーん…」

「でも、俺なんかと友達とか言ったって、特に何もないし、何も起こらないよ」

「ふーん…」


 どこか伏せ目がちで、少し拗ねた様子の咲希に俺は声をかける


「だから、どうしたんだよ」

「デレデレしてた…」

「え!?いや、それは…」

「お兄ちゃん…」


 ん?なんで急に「お兄ちゃん」呼び?

 しかも立ち止まってしまい、綺麗に星が見える夜空をぼんやり眺めている


「本当に、どうしたんだよ」


 俺の問いかけにも無言で反応しなかったけど、少しして、なんて言ったのかはよく分からない。でも、ぽつりと独り言のように何か呟いたみたいだった


「咲希?」

「うん!私頑張る!」

「は?どうした?」

「だから、お兄ちゃんも頑張んなよね」

「え…だから、何を?」

「それは自分で考えなよ」



 そう言って無邪気に笑ったけど、咲希のそんな顔を見るのは、随分久しぶりだな、と思う俺だった





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