第6話 理由もない


「八神くん。ちょっといいかしら」

「は、はい…」


 翌日の放課後、奏汰と一緒に帰ろうとしたところで、声をかけられた


 七瀬さんに…



 七瀬さんに……!



 でもその表情は…



「…なあ、遥斗…。何やったの?」

「いや、何も悪い事はしてないって」

「でもあの顔は…」

「だよな…」


 小声で話しかけてきた奏汰に、俺も小声で答える。

 だって、七瀬さんの顔…めちゃくちゃ無表情なんだもん…


「なにか?」

「いえ!なにもありません!」

「そうですか?」

「は、はい…」



 奏汰は「ご愁傷さま~」なんて言いながら先に帰ってしまい、俺は七瀬さんと二人きりに


「昨日、姉には話しました」

「はい」

「私はもう済んだことだし、本人がいいと言っているのだから、と言ったんですけど、どうしてももう一度だけ会って、直接あなたにお礼を言いたいそうです」

「え…そうなんですか?」

「はい…」

「でも…」

「もう本人がそう言って聞かないので、一度だけ会ってやってもらえませんか?」

「…うぅ…でも…」

「面倒かもせれませんが、お願いします(私ももう面倒だし)」


 七瀬さん…?

 独り言で聞こえないと思ってるんでしょうけど、ばっちり聞こえてますよ?

 でも、本来はそういう人なんだ。

 そう思ったら、ちょっと怖かったけど、なんだか少し親近感が湧いた


「分かりました」

「ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか」

「え?」

「姉が待ってます」

「え?」

「…だから、今から会ってもらいます!」

「はいぃ…」


 急展開過ぎるよ…





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 待ち合わせのカフェまで歩いて行く。

 二人並んで…ではなく、少し、いや、かなり距離を空けて。

 これは、並んで歩いてしまうと周りに変な誤解を与えかねない、という事からこうなったんだけど、逆に怪しい気もする。


 校内指折りの美少女の後をつけるモブ


 たぶん、俺が第三者で見かけたらそう思う


(マジでストーカーっぽいよな…)



 そんな俺の心配なんて知らない彼女は、スタスタと悠然と前を歩いていく。

 風に靡く黒髪のロングヘアも、夕日を浴びて少しオレンジ色になり、その後ろ姿もまた美しく、俺は後ろを歩きながら、もう色々とどうでもよくなってきていた



 しばらく歩くと、あるお店の前で彼女は立ち止まり、こちらを向き「ここです」と言う


「じゃあ、私はここで」

「え!?」

「なにか?」

「いや、その…一緒に入るんじゃなくて?」

「はい」

「そ、そうですか…」


 マジかよ、ここまで来て放置プレイかよ…


「じゃあ、姉の事、よろしくお願いします」

「はい…分かりました…」


 分かりました…じゃないよ!

 なんでここで二人っきりにするのさ!

 どうしたらいいか分かんないよ!


 でも、一周回って無心になった俺は、何事もないかのように店内に入り、お姉さんをすぐに見つける


「あ…あぁ…八神くん…」

「えっと…お久しぶりです」

「うん、うん…」


 あれ以来会ってないし、三年ぶりに見るお姉さんは本当に「お姉さん」という感じで、しかも七瀬さんのお姉さんなのだから、綺麗なのは言うまでもない。

 無心になってたはずなのに、心臓がバクバク言ってる気がする…


 俺は涙ぐむお姉さんに、なんとか声をかける


「あの…七瀬さんから聞きました。俺にもう一度だけ会いたい、って…」

「うん…本当に、あの時はありがとう」

「いえ、俺は何も出来なかったですから」

「そんなことない。八神くんのおかげで…」


 話を聞くと、痴漢に遭ってる最中は怖くて怖くて仕方がなくて、そして、男に対する恐怖心や嫌悪、あらゆる負の感情を抱いたらしい。でも、


「でもね、君や一緒に助けてくれたあの人みたいに、みんながみんな悪い人じゃない、って、あの時ね、そう思えたの」


 あのお兄さんには親御さんと一緒に、菓子折を持ってお礼に行ったらしいけど、やっぱり俺と同じように「そこまでされる事はしていない」と恐縮されたそう


「もう一度会えて、私、よかった」

「そうですか。お姉さんが元気そうで、俺もよかったです」

「うふふ、ありがとう」

「はい」


 綺麗に微笑むお姉さんを見て、俺も幸せな気持ちになり、最初はちょっと嫌がってたのは事実だけど、今日来てよかったな、と思う


「じゃあこれで」と、俺はここで席を立つつもりだったんだけど、


「八神くん…」

「はい?」

「もしよかったら…」

「はい」

「連絡先を…交換して貰えないかな…」

「え?」

「ダメ…かな…」


 汐らしくシュンとして、消え入りそうなお姉さんからは庇護欲をそそられる…。けど、


「いえ、あの、本当に、俺はこうしてもう一度会えて、元気そうなお姉さんを見れただけで十分ですから」

「そっか…だめ…か…」

「いや、あの、駄目だとか嫌だとか、そういう訳じゃなくてですね、俺なんかと交換してもしょうがない、っていうか…」

「私がそうしたいの。いいでしょ?」


 ここまで言われたら、俺にはもう断り切れないし、断る理由もないと思った




 そして俺は、美人の上目遣いは凶器になるということを知った





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