第7話 「またね」


 お姉さん、瑠香るかさんと連絡先を交換して、俺達は店を出た


「じゃあ、八神くん、またね」

「はい…」



「またね」か…


 もう一度だけ、という話だったはずなんだけど、流れでこういうことになってしまった


 でも、なんだか分からないけど、心の中にモヤモヤしたものが残ったのは間違いなかった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 そしてまた翌日の放課後、昨日と同様、いや、昨日以上に異様な様相の七瀬さんに声をかけられる


「ねえ、八神くん…」

「は、はい…」

「ちょっと付き合ってもらえるかしら」


 昨日は単に無表情だっただけなんだけど、今日は少しばかり怒気を孕んでる気が…


「…おい、遥斗…」

「奏汰…!…助けて…」

「…ごめん、無理」


「じゃね!」と、シュタッと俺を残してまた一人で逃げ帰る奏汰


 くッ…!

 なんでこうなるんだ…





 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 そして今、俺達はテスト前で人気の無い、体育館裏に来ている


 もちろん、こんな所にいるのは告白する訳でもされる訳でもなく、むしろ締められるのでは?と思う


「お姉ちゃんに聞いたんだけど」


 昨日までの「姉」呼びではなく、たぶん普段呼んでいるであろう「お姉ちゃん」呼びが可愛いな、なんて思う余裕は全くない


「は、はい…」

「八神くんは、どういうつもりなの?」

「へ?」

「お姉ちゃんに会うのは一度きりじゃなかったっけ?」

「いや、それはお姉ちゃんが…」

「はあ?誰のお姉ちゃんよ!!」

「ひぃ…!」


 やばい…ついつられて俺まで「お姉ちゃん」って言っちゃった…


「連絡先の交換をしたそうね」

「はい…瑠香さんに頼まれて…」

「名前呼びとか、どういうつもり?」

「いや…どういうもなにも…」


 この目の前の怖い人は誰…?


「お姉ちゃんは、子供の頃からみんなに人気で、男子からも凄いモテたの」

「う、うん…」

「でもお姉ちゃんは、あれ以来、男の人が少し苦手なの…」

「うん…」

「でも、あなた達みたいな人もいるから、みんながみんな、怖い人じゃないんだ、って」

「昨日も少しそういう話はしてくれたよ」

「だから…」

「ん?…だから?」

「もし本気なら…」

「…なら?」

「お姉ちゃんを、幸せにしてあげて…」

「うん……え?」

「え?」

「え?」

「なに?本気じゃないって言うの?」

「え!?」

「ちょっと!!どういうつもりよ!」

「ぅえ!?」

「まさか…まさか遊びだなんて…」

「ちょっとちょっと!待ってよ!なんでそういう話になってるのさ!」

「じゃあ、真剣なのね?」

「いや、だからそうじゃなくて!」

「は?じゃあ、どういうつもりなのよ!」

「俺だって分かんないよ!昨日聞かれた時だって、俺は最初断ったよ!でも、でも…」

「…でも…なんなのよ」

「でも、なんか可哀想になって…」

「なんでそうなるのよ」

「分かんないよ。それに、俺だってなんかモヤモヤしたんだよ」

「モヤモヤって…」

「だってさ…あんな事があって、知り合ったきっかけがああいう事で、お姉さんは辛い目に遭ったっていうのに、それを俺が利用してるみたいに感じて、それが、それが…凄い嫌なんだよ…!」

「八神くん…」

「ごめん…なんか言い過ぎたと思う」

「こっちこそごめん…なさい…」


 少し興奮して言い過ぎたな、って思ったけど、ふと我に返って顔を上げてみると、そこには普段見てた、みんなの憧れの清楚可憐な美少女なんてどこにもいなくて、純粋にお姉さんの事を心配して、そして、お姉さんが大好きな妹の姿しかなくて。

 言い方は悪いかもしれないけど、いつもすました感じの七瀬さんが、こんなふうに感情を表に出して、ムキになってるのは新鮮だ


 そう思ったら、高嶺の花だと思ってた七瀬さんが、凄く身近に感じられた


「あのね、俺、特にお姉さんとどうこうとかは、本当に考えてないから」

「うん、さっきので分かった」

「うん、だから、安心して」

「あ、ありがとう…」


 本当に、ついさっきまで、恐れ多くて敬語で話してたってのに、タメ口で、しかも口喧嘩みたいなのまでしちゃって


「じゃあ、俺、もう行くね?」

「付き合わせて悪かったわね」

「もういいよ。じゃあね」

「うん、八神くん。またね」


 そう言って七瀬さんと別れたけど、彼女も別れ際に「またね」と言ってくれた


 そのことが、なんだか少し嬉しい俺だった





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る