第5話 姉妹だから


 正直、怖くないのか?と聞かれれば、もちろん怖かった。

 だって、特別ガタイがいいとかじゃなかったけど、でも少し前まで小学生だった俺には、十分過ぎるほど大人の男の人なわけで


 でも、誰も助けてあげないなら、気付いてしまった自分が行くしかないと思った



「…あの、やめてあげて下さい」


 小さな、でも確実にそのオヤジには聞こえるような声でそう言った。

 一瞬、ビクッと肩を震わせこちらをチラッと見たけど、相手が俺みたいな子供だと分かると、またニヤついて俺に背を向ける


(どうしよう…)


 そう思ったその時、横からスっと手が伸びてきて、オヤジの手を掴み、捻りあげると「ぐぅぅ…」と、声にならない声を上げ、プルプルと震え出した


「ありがとう。君のおかげで勇気が出たよ」


 そう言ってくれたのは、スーツを着たサラリーマン風の男の人だった


 どうやら彼も気付いてはいたけど、なかなか行動には移せなかったようで、先に声をかけた俺のおかげだと言ってくれた


 その後、痴漢オヤジは駅員さんに連れて行かれ、女の子…と言っても俺より年上の高校生みたいだったけど、とにかく、彼女はそれ以上の被害に遭うことはなく、これはここで終わる話のはずだった


 でも、


「あの…さっきはありがとう…」

「え?いえいえ、そんな…。助けてくれたのは俺じゃなくて、さっきのお兄さんだし」


 彼女はスーツのお兄さんにお礼を言った後、俺の所にもやって来て、感謝を伝えてくれた


「あの人も言ってたけど、君が声を出してくれたから、私は…」

「ああ、そうかもしれませんが、でも、無事で良かったです」

「うん…ありがとう。その、お礼を…」

「いえ、そういうのはいいです」

「え?」

「辛い目に遭ったお姉さんに、そんなことしてもらわなくて構わないです。俺は特に何もしてないですから」

「でも…」

「だから、今日の事は忘れて…まあ忘れられないかもですけど、でも、少しでも元気になってくれたら、それだけで十分です」

「…せめて、名前だけでも…」

「いえ、本当にいいですって」

「お願いします…」

「…八神…八神遥斗です」

「やがみ…はると…くん…」

「はい。じゃあ、お姉さん、お元気で」



 この事は、俺は家に帰って両親だけには話していて、「偉かったな」なんて褒められたりもしたけど、それ以外では奏汰にだけ話していた


 そして時間も経ち、この出来事も俺の記憶の中で少しずつ風化していったのだった






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 なるほど


 さっき感じた既視感は、あの時のお姉さんだったんだ。

 辛いのをギュッと我慢して、耐えて…

 …そりゃ、姉妹だから似てるか



「じゃあ、ちゃんと姉には伝えておきます」

「あ、はい。お願いします」

「では、八神くん。さようなら」

「さようなら、七瀬さん」


 七瀬さんは普段見かける、いつもの笑顔でそう言うと、女子達と共に帰って行く


 校門で彼女達と別れた俺達も歩き出すと、当然奏汰に聞かれる


「遥斗、七瀬さんと何話してたの?」

「特にこれといっては、かな」

「ふ~ん。そうなの?」

「うん、まあ…」

「分かりやすいね」

「…え」

「まあいいや。話したくなったら話してよ」

「ああ、ありがとう」

「でも彼女、あれで良かったのかなぁ」

「ああ、うん、そうだな。周りの子達って、本当に友達なのか?」

「遥斗は思ったより鋭いね」

「え?どういうこと?」

「あれはね…、いや、やっぱやめとく」

「は?なんだよ、気になるじゃん」

「なんで俺が、遥斗以外の男子とあんまり仲良くしないか知ってる?」

「あれだろ?言い方は悪いけど、お前のおこぼれに預かろうとしてる奴らが多い、ってことだろ?」

「そう、それだよ」

「ん?」

「たぶん、彼女達も…」

「え!?じゃあ、なんで七瀬さんはそんな子達と一緒にいるんだよ」

「はぁ…女子は俺達男子と違って、グループがあるからね」

「グループ?」

「うん。要は、どこかのグループに入ってないと…」

「…そうか、そういうことか」


 なんか、あれだけ男子に人気あるのに、知らないところでは大変なんだな



 でも、たぶん彼女と会話するのも、今日が最初で最後になるだろう。

 俺は高校生活を送る中で、七瀬さんと話す機会なんてないと思っていた。だから、今日こうして少し話せただけでも、もう俺的には十分に満足だった




 だから翌日の放課後、まさか彼女の方から俺に話しかけてくるなんて、予想外過ぎるものだったんだ


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